クロード・ドビュッシー
ぼくの一番好きな作曲家です。作曲家として一番尊敬しています。フォーレよりもサティーよりもショパンよりも、ブラームス
の晩年やスクリャービンよりも、やはりドビュッシーです。そして、偉大なバッハやモーツァルトよりも、やはり時代の近い
身近なドビュッシーが好きです。例えば、フォーレなら、ぼくは中期から晩年が好きだ、というような好みがどの作曲家にも
あるのですが、ドビュッシーの場合は、どの時期も(もちろんそれぞれ音楽的には異なっているけれども)最初から最後まで、
すべての曲にドビュッシーらしさ、という、音楽とかいうジャンル以前の、物を創造する人間としての一本の筋が通って
いるため、「またやってるな!」というものが必ず感じられ、その強烈な彼自身のセオリーにいつも心を打たれるからです。
初期の作品にも必ずどこか、後期のドビュッシーの影が見えかくれしていて、こういったすべての作品に感じられる共通性は、
ちょうどモーツァルトの場合と同様、天才作曲家特有のものなんだ、と思います。
さて、文部省の音楽教育においては、音楽史上、ドビュッシーなどのフランス近代音楽全般を「印象派」という言葉で
一くくりにしてとらえる、という非常な過ちを犯しているところを、まず、ご説明しておかなくてはなりません。もともと
「印象派」というものは美術の世界の出来事です。作者が見たものをそれらしく表現するわけですから、風景や自然などが
先にあって、それを模倣するというのが「印象派」です。しかし、ドビュッシーは「印象派」ではなく、その逆の、
象徴主義者(サンボリスト)であったということをまず、最初にはっきりとらえておかなくては、様々な誤解のもとに
なります。つまり、風景や情景を音に投影したのではなく、音楽でもって何らかの風景のようなものを象徴しようとしたのです。
だから、「印象派」とは全く逆で、音楽が先にある、というのが象徴主義であり、この点は、ドビュッシーに関しては
終始一貫しています。フランス近代音楽の時代で言えば、「印象派」的な作品というのは、第一次世界大戦前のラヴェルの
「夜のガスパール」「水の戯れ」等の一部の作品の特徴に過ぎません。
このあたりの端的な例として、ドビュッシーの「映像第一集」の『水面に映る光と影』と、ラヴェルの『水の戯れ』を
比較してみれば明らかです。ラヴェルの『水の戯れ』は装飾音で、水らしく装っていますので、目の前に水しぶきが
感じられますが、メロディーそのものは、ちょっとおしゃれなテーマで水とは全く関係ありません。が、ドビュッシーの
「映像第一集」の『水面に映る光と影』は、テーマの形そのものが、水面に広がる水の輪なのです。第一、
『水面に映る光と影』あるいは『水の反映』という題名は、間違えた和訳でして、直訳すれば『水の中の影』です。
つまり、水の状態、程度の意味の曲です。そして、ドビュッシーの「プレリュード集」の中の傑作の一つ『雪の上の足跡』
などにいたっては、弾く人、聴く人全員に、雪の積もった雪原についている足跡だけではなく、和声進行で、かなり低い気温
までが伝わります。
絵で気温が表現できるでしょうか? 音の持つ強さをドビュシーは存分に発揮して作曲をしています。音楽で気温が表現
できるのは、音楽が時間芸術だからです。どんな一瞬の響きであってもそれが響き終わるまでに時間は経過しています。
ですから、瞬間芸術で視覚的なものだけで成り立っている美術においてしか、「印象派」というものはあり得ないのです。
…例えば「ロマン派」のようなイデオロギーならば美術と音楽を横断出来ますが…。
「天才とは努力する才である。」という格言。まさにこれはドビュッシーのことを言っているものです。この格言は、凡人
でも努力すれば天才になれる、という意味ではありません。天才は凡人と異なったところに努力を集中するから天才たりうる
のだ、という意味です。彼の作品はどれもこれもへんなところに凝っている。ふつうの作曲家、例えば同時期のフォーレや
ラヴェルなら、さっと書きとばしてしまうような、ちょっとした和音の響きにこだわってみたり、あるいは、ふつうの作曲家
なら下らないモチーフだ、ととりあげもせずに捨ててしまうような、ひねくれたモチーフを後生大事にとりあげている。
こうしたひねくれたモチーフを、半分は彼の変わった人格や、ニヒリスティックなブラックユーモアのセンスでもってとり
あげるのだろうけど、しかし、その取り上げ方は大まじめなのです。こういうのに出くわすたび、ぼくは開いた口が塞がらず、
あっけにとられ、「いったい何なんだ、この男は。」と怒りたくなるけど、ついつい許してしまう。たぶんぼくが作曲で
モチーフを選ぶ時にも同じような一種のおもしろがった誇大妄想にかられることがあるためなんでしょうけど。……そして
全曲聴いてゆくと、そのひねくれたどーしようもない音列のモチーフが見事に展開され、ドラマチックに変化してゆく。
そしてドビュッシー一流の構成の中においては、これ以外のモチーフだと曲が崩れてしまうほど、サマになっているのです。
……まいってしまう。本当に天才だな、この思いつきは。どうしようもないとあきれはててしまうのです。
このひねくれたモチーフや、それから派生するテーマは、彼の初期から晩年まで一貫していて、たくさんありすぎて枚挙に
いとまがありません。若き日のドビュッシーの作品を中心に一部ご紹介しましょう。
・「ベルガマスク組曲」のメヌエットの第1主題
……こんなものテーマなんでしょうか? でも、実にいいテーマなんです。
・同曲、「ベルガマスク組曲」のメヌエットの第2主題として登場するモチーフ
……このモチーフは終結のグリッサンドの直前にちょっと一息っていう感じで再現しますが、聴く人には伝わらないように
書いています。それを弾くピアニストには手首の移動感覚が同じなのですぐに伝わります。モチーフ操作にもいろいろあって、
ブラームスやラヴェルのようにはっきりわかるように書いているものと、ショパンやこのドビュッシーのモチーフのように
ピアニズムに埋没したわかりにくいものがあります。が、ショパンなどは、例えば、バラードの4番のコーダの直前の最強音
の三つの和音で第一主題のモチーフが内声で再現しているように、極めて計算して書いているのですが、ドビュッシーは
気分でやっているのです。こんなこと即興で出来る人、他には考えられないです・・・・もう参った、参りました、
クロード君、君はすごい作曲家だよ、と感動してしまうしかないのです。
まあ、わかりやすい、わかりにくいという点について言えば、シューマンのピアノ五重奏終楽章のフーガの開始など、
聴く前から「さあ、今からフーガですよ、フーガがはじまるんだぞー。ちゃんと聴かなきゃダメだぞー。」という雰囲気が
伝わってきて、ほんと誰にでもわかりますが、わかりやすすぎて2、3回聴くと、もう、うんざり。ここのフーガの開始を
予告するやり方は、モーツァルトがずいぶん前に、ピアノ協奏曲のカデンツァの前のオーケストラの止め方において何回も
やった手口なんですよね。それをまあ、同じ頃ショパンがバルカローレや幻想ポロネーズのように未来を予告するような作品
を書いてた頃になって、まだ、のこのこ、先人の二番煎じの手口で、作曲していたとは、本当にシューマンはどーしようも
ない凡人ですね。
でも、このモーツァルトが発明して何回も使ったピアノ協奏曲のカデンツァの前のオーケストラの止め方は、ケッサクな
意見なんだけど、当会のM君によると、「水戸黄門」なのです。以下、M君の言い分。
「モーツァルトのピアノ協奏曲がどうして日本人にウケるかって? それは水戸黄門なんだよ。あのカデンツァの前の
オーケストラのジャーン、ジャーン、ジャーン、っていう、カデンツァの開始を予告する終わり方。あれがいつも、
『この紋所が目に入らぬか、こちらにおはすお方をどなたと心得る。恐れ多くも・・・・・・ご老公の御前である。
頭が高―い。ひかえおろう。・・・・・』といった雰囲気で響くことが最初から決まっているので、日本人は皆安心して
聴いてられるんだ。」この意見が当会で流布して以来、しばらくみんな吹き出しそうになって、モーツァルトのピアノ
コンチェルト二台でやれませんでしたね。ぼくなんか27番でさえも笑って笑ってしばらく聴けませんでした。
でも、納得できる意見です。
ともかく、ドビュッシーはこのような「メヌエット」の再現パッセージをショパンのように頭も使わず即興でいとも簡単に
書けてたわけですから、彼が自分の『映像第一集』について「シューマンの左、ショパンの右」なんて評したのも、
シューマンの部分は、半分冗談の謙遜であることは言うまでもありませんが、ショパンほどの知性がなくても出来てしまう
という自信から、自分はショパン以上の作曲家だと思っていたに違いないとぼくは思います。いや、それどころか、
この男は、バッハについて、そのフーガなどの対位法については一切興味を示さずに「バッハの平均率クラヴィア曲集の
フーガの和音は美しい。だから、あの時代の作曲家が一番強いんだ」などと自著「クロッシュ氏」で論評しているのです。
自分が世界で一番エライ作曲家だと思っていたに違いないのです。サン=サーンスに「この無政府主義者め。」と言われ、
サン=サーンスが学長の間、パリ音楽院に出入り禁止にされたことも、ドビュッシーをかばってくれたフォーレを毒舌で
ズタズタにして喧嘩になったことも、カフェでサティーと親しくしていたことも、ですから、彼にとっては、大した
出来事でもなかったのです。
でも、この「メヌエット」は中世へのノスタルジーが原点にあります。ぼくは、この「メヌエット」の中で既に使われて
いる左手の平行五度と三度で形成される響きと雰囲気を味わう度に、若き日のドビュッシーが訪れた頃のイタリアの
「ベルガモ地方」ってどんなところだったんだろうな、というノスタルジックな気分になってしまいます。そして、
この「メヌエット」をピアノで弾く度に、やっぱり、ぼくはドビュッシーが大好きなことを再確認するのです。
・「ベルガマスク組曲」のパスピエの開始左手の音型と対位
……「ベルガマスク組曲」は、前奏曲・メヌエット・月の光・パスピエの4曲から成ります。月の光は美しい曲であまりに
有名ですが、ドビュッシーの将来を予告するようなすごい技法が潜んでいるのは、先に述べたメヌエットとこのパスピエです。
ドビュッシーの作品にはいろいろ接してきましたが、特にパスピエは、全作品でも5本指に入る傑作だと思います。
が、この曲、開始左手の10度の音型は、嬰へ短調という調整ゆえに、根音が黒鍵にあり、ピアニストを不安に陥れる
効果があります。そのうえ、再現部では、対旋律が中に出てくるのですが、ノンペダル、スタカートという指示では、
12度から13度届くような大きな手でないと弾けなくなっています。確実に言えることは、ショパンなら絶対こんな
弾きにくい曲は書かなかったと思うのです。が、ピアニストが不安になるというのがこの曲の表現にあたっては非常に
重要なことで、実際、不安な曲想です。
別の観点で見るならば、この頃、既にドビュッシーはピアノから離れた立場で曲を書けていたのです。彼の想像力は
ピアノに既に納まらなくなっていました。彼は生涯にわたってピアノでなくては表現できない曲もたくさん残していますが、
パスピエに関しては、以前エレピアンで弾く機会があったのですが、アコースティックでない響きの方がよい作品でした。
こうした中に、彼が「ペレアスとメリザンド」「牧神の午後への前奏曲」「海」などを書く準備が整っていることが伺える
傑作です。
・弦楽四重奏曲第1楽章と第2楽章の統一テーマの音列
……第1楽章の第1主題、第2楽章の第1主題、このひねくれた音列の2つの主題は誰が聴いても別の主題にしか聴こえない
んですが、実は、リズムが全く変形されているために全く別の主題にしか聴こえないだけで、ひねくれた音列は意地でも1音た
りとも変えていないドビュッシーの命がけの心意気とも言うべきこだわりが感じられます。が、この音列が、実は、修道院で
若き日のドビュッシーが発見したグレゴリオ聖歌をもとにした、教会旋法を初めてリバイバルさせて使った音列で、ワグナー
を脱却した新しいサンボリスム(象徴主義)の音楽の起点になっているだけでなく、カペー四重奏団が見事に演奏している
ところの、第3楽章の人懐っこいメロディーとの対比においても、これがないと曲全体も崩壊してしまうのです。
・連弾のための小組曲より、『バレエ』のテーマ
……いったいこれはテーマなんでしょうか? ピアノに触って遊んでいるうちに出来たとぼくは思うのですが、この
「ピアノに触って遊んでいる」ドビュッシーの姿に匹敵するものといったら、それこそ、あなた、1日中ドミソの和音を
チェンバロで響かせて、1日中、ドミソの和音に浸っていた、幼い頃のモーツァルト位しか、ぼくは浮かばないのです。
最後に楽しいウィンナワルツからジャズワルツにまで発展してゆくこのテーマは、それ程、天才のひらめき以外の何物でも
ありません。
・『海』と同時期に書かれた、「クラリネットとピアノのためのプレミエラプソディー」の
終結のコーダに向かう最重要なテーマに発展する音列のモチーフ
……「クラリネットとピアノのためのプレミエラプソディー」は、若き日のドビュッシーの作品ではありません。
「パリ音楽院」の学長に就任したフォーレの招聘でドビュッシーはパリ音楽院の管楽器担当教授に就任します。当時の
「パリ音楽院」は、今の日本の音楽大学では不可能でしょうが、試験課題曲は教授の新作に決まっていました。ですから、
作曲の出来ない人は教授にならなかったので、素晴らしい音楽環境だったわけです。この作品は、期末試験用に
ドビュッシーが作曲したのですが、大変に評判を呼び、スコア化されました。今日でもクラリネットとピアノのデュオ作品と
しては、右に出る作品はありません。ちなみに、当時のパリ音楽院の学長だったフォーレは弦楽器担当教授でしたので、
試験課題曲としての弦楽器の傑作をたくさん残しています。いずれにせよ、当時の「パリ音楽院」の学生は素晴らしい
環境で音楽を習得していました。ラヴェルは、フォーレの教室の生徒でした。いい音楽にはいい環境が必須なのです。
このモチーフが、ドビュッシーの全作品中、音列のひねくれ度No.1なのでご紹介します。このモチーフが最初にピアノ
パートで登場した時、これが、この曲を終結に導く大事な大事なモチーフだなんて、誰一人として感じられないでしょう。
…それくらい変な音列です。
作品の書かれた背景や状況を一切無視して作曲技法の観点にのみ立って、冷た〜い観察をしても、こんなどーしようもなく
ひねくれた音列のモチーフやテーマで曲を書けた人は、古今東西見渡しても、ドビュッシーをおいて他には考えられないのです。
しかも、これらのモチーフやテーマは、既に述べたように、曲の構成と不可分で、重要な根底をなしているのです。
この、モチーフやテーマが、曲の構成と不可分であるということ、これが、ぼくが作曲をやるにあたって、
『若き日のドビュッシー』から学んだ第一点です。
それにしても、これらのひねくれたモチーフの採用は、彼の変わった性格から来ているものにほかなりません。
相当な変人ですよ、これは。そして、ポックリ死ぬ最後までそれを貫いたということは、実に立派なことです。
穏やかな人格者のフォーレや、スタイリストのラヴェルにはこんなこと、ちょっとできなかったと思います。ドビュッシー
は彼らと違って、羞恥心のほとんどない、想像力と誇大妄想だけの人でした。だからこそ、一曲一曲、違う手段で曲を
残しています。同じ手口は二度と使っていません。
ぼくが作曲をやるにあたって、『若き日のドビュッシー』から学んだ、もう一つの大事なこと。それは、
「同じ手口で曲を書かない」ということです。
作曲を続けていると、曲想の浮かぶ深い驚きに満ちた瞬間を体験すると同時に、作曲技法というものが一方で蓄積され
てきます。が、作曲技法は感受性ではなく知識の領域にありますから、作曲技法という知識の既得権の上ににあぐらを
書いて曲を書き続けると、メンデルスゾーンやサン=サーンスのように駄作がいっぱい出来ます。知識と感受性のバランス
を保って生涯にわたって曲を書いた第一人者がモーツァルトでした。ぼくの尊敬するドビュッシーもそうでした。だから、
ぼくも、作曲技法などはモチーフを浮かべる度に新しく発見しないといけないと思って作曲しています。
まあでも、ドビュッシーみたいな男、作曲家にならなかったら、生きてても仕方のない、他に何のトリエもなかった人
だと思います。でも彼は、作曲家という、たった一つ、彼のなり得た最後のトリデで戦ったのです。余裕なんてありません。
その音楽がなくなると、ドビュッシーもなくなってしまうようなギリギリの選択で曲を書いたのです。この精神的ハングリー
な状態はモーツァルトの場合と同じであって、サン=サーンスの場合とは、180度逆のものです。ぼくはこうした状況で
曲を残したドビュッシー、そして、同じ生き方であるモーツァルトよりもずっと時代の近い、現代人の心意気みたいな
ものの感じられるドビュッシーの生き方に、いつ何時でも、強く共感し、深く心を打たれるのです。
第一次世界大戦が始まります。愛国者のラヴェルは勇敢に従軍しますが、ドビュッシーはドイツが攻めて来るのが怖くて
地下室に閉じこもったそうです。でも、ドビュッシーも愛国者だったので、音楽でドイツに戦いを挑みます。それが、晩年の
一連のソナタ集です。フランス人をなめんなよ、という気持ちで、ドイツ人の開発したソナタを書き始めます。第一作が
「チェロとピアノのためのソナタ」、第二作が「フルート・ハープ・ヴィオラのためのソナタ」、第三作目が絶作となった
「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」です。次々と素晴らしい作品が出ますが、同じ手を二度使っていません。特に、最後の
「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」。1楽章が複合三部形式です。ドイツ人が苦労に苦労を重ねて開発して来た
ソナタ形式のカケラもありません。でも、題名はソナタ、既に喧嘩を売っていますが、この「ヴァイオリンとピアノのための
ソナタ」の2楽章の中間部のテーマは、
またまた、あのひねくれた音列のモチーフです。それこそ、「ゲルマン民族の凡人どもよ、こんな名曲書けるかい?」って
上の方から下界に向かって呼びかけるような、ふざけたせせら笑い声です。もちろん、この「ヴァイオリンとピアノのための
ソナタ」はソナタ形式を使わないでドイツに対決しているだけでなく、初めてヴァイオリンを打楽器として使った作品です
ので、基本的に、第一次世界大戦の開始という情勢に対して、斜に構えている、ドビュッシーのニヒリズムの最もよく出た、
……しかし、しかし、泣きたくなる程、非常に美しいテーマです。
ぼくの尊敬するクロード・ドビュッシーの生涯は次のグルダの言葉どおりでした。
『天才とは一生を通して一つのことに集中できるということ』
……フリードリヒ・グルダ……
そして、ぼくの大好きな「若き日のドビュッシー」の言ってた、生意気で素敵なメッセージから、
『ベートーヴェンハンマークラヴィアソナタ:ピアノのために最も悪い作品』
『昨日の不協和音は今日の協和音!』
『音楽はうその中でも最も美しいうそです。』
……クロード・ドビュッシー……
Copyright (c)
2001-2009 Katsuhiko
OkadaAll rights reserved
エッセイコーナー冒頭へ
総合入口へ
入口へ