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『北ドイツの寂しい午後』・・・・・晩年のブラームス・・・・・

BGM;ブラームス「インテルメッツォOP.118-2」(エンドレス)〔リンク先、山崎真氏制作MIDI〕


岡田克彦


(1986.9.10.執筆、『ピアノと遊ぶ会会報(1986年10月号)』に掲載)




たぶん、この曲が書かれたのは、冬の昼下がり、午後2:30を少しまわったころにちがいない。外は雨が降っていた。ブラームス はピアノの鍵盤に手を留めたまま、窓の外の静寂を眺めていた。次第に遠景がぼやけて、目の焦点が近づいてくる。 ふと気づくと、窓ガラスに雨の水滴が二つ三つ飛びついている。何気なく、その水滴をピアノの鍵盤にそっと、とってみる。 ロ短調の主和音の三度下に一滴、さらに、そのまた三度下に一滴、落としてみる。無機的で、それでいて、けだるく 寂しい午後の気分が拡がる。次は、属7の三度下に落としてみる。さらに、Dmajor7の三度下に。冬の昼下がりの水滴は 三度がふさわしい。その粒の中から、和音の上声部に、寂しい静澄なメロディーが、ロ短調で浮き上がってきて、そのまま 寂しく終結する。そしてニ長調がけだるい吐息をふきかけ、たどたどしく歩みはじめる中間部。その最後の和音の残響の中から、 また、水滴の和音が出てくる。今度は三度に一つクロマティックな響きを加え、三連符に変形されているため、透明度が高く なっている。そして曲は静かに、ほんの少し暖かい長調に向かうが、また、最初の水滴のモチーフの気分がもどってくる。 ・・・・・

インテルメッツォ Op.119-1. ロ短調』

この曲を最初に聴いたのはいつごろだったろうか。何の喜怒哀楽とも関係ない次元で、ただ音に対する感覚だけで強く 感動したぼくは、ブラームスの作品だなんて夢にも思わなかった。実際、この曲をギーゼキングのピアノで聴いた時、 スクリャービンの小品だと思ったものだ。が、これは、まぎれもなくブラームス。晩年、北ドイツにこもって、一切の 大曲から足を洗ったブラームス。種々の労作を書き終え、ベートーヴェンから解放されたブラームスは、こんなにすばら しい感性の持ち主だったのである。この至上の世界から、あのピアノソナタの野蛮なモチーフや、第一シンフォニーの ラッパのファンファーレや、ピアノトリオNo.1の第一楽章を堅苦しくしたモチーフのような雑音は想像だにできない。 いったい彼は、どうしてあれほどベートーヴェンに固執したのだろうか。長い人生のほとんどを無駄に過ごしたとしか 思えない。もちろん、ヴァイオリンソナタNo.1やシンフォニーNo.1に、こうした美しい感性のブラームスを垣間見る ことができる。しかし、これら若い頃の作品はすべてベートーヴェンを意識して、それに向かって書きつづけられたもの であり、その点の方がイニシアティブを取っていて、一瞬の美しい感性は、それによってバラバラに分解されて、台無しに されている。

いや、もう彼の悪い点を指摘するのはよそう。この晩年のピアノ小品は大変なご馳走だ。一つ一つ味わっておかないと、 人生の大変な損失になってしまうだろう。 『Op.118-2』。この曲は絶対、大ホールには向かない。よく音楽のわかった 聴衆が多くても一人か二人。北ドイツのアンニュイな光の差込む、寒々とした一室で弾かれるべきだ。それにしても、 この曲のイ長調の静かな調べのあと、ごく自然に始まる嬰ヘ短調は何と美しいことだろう。『Op.119-1』のロ短調と並んで、 シャープ系短調の最も美しい表情を見せてくれる。そして、静澄なコラールをはさんで、この嬰ヘ短調は2声になって ぼくの心の一番深いところを優しくたたみかける。終結のイ長調の協和音はしばらくの間、感動をしずめるように、 ぼくの中で鳴りつづける。
何のてらいも、大袈裟な振舞いもない。実に傑作だ

『Op.117』の3曲は、ワンセットにして演奏されるのがよい。1番は、 変ホ長調の暖かいコラール。このフラット系長調の選択も実によい。ともかく、これら晩年のピアノ小品は全て、ショパン に匹敵する調性の必然性を持って書かれている。ブラームスの選択以外の調性にしてしまうと、曲想が崩れてしまうような ギリギリの選択が、ほとんど無意識のうちになされている。こんな自由なブラームスは、若い頃の大曲には全く見られない ものである。第2番は、若い頃を思い出すようなアルペッジョで、少しロマンティックになっている。この曲も控えめで よい。そして、第3番で、ユニゾンの重々しい、しかし音響の十分配慮された、ブラームスの足どりを聴くことが出来る。 これこそ、ドイツものの真骨頂。いくら重さを求めても、例えばベートーヴェンのピアノソナタのように、音響を無視した ものは音楽であることをやめるだろう。暗い手放しで喜びきれない明るさを持って書かれた中間部のあとの転調に注目しなく てはならない。クロマティックな二連音が落ちてくるにつれ、一拍一拍、音の色合いがうつろい、それは、暮色の移り変わり を彷彿とさせるものである。…あのブラームスがここまでの転調をするようになった。
ぼくはこの曲を聴くにつけ、20世紀の到来を予感する

『Op.119』の4曲は、『Op.117』の3曲ほどまとまっていない。別個に演奏 されてもよい。『Op.119-2』は、『Op.119-1』の水滴の響きを打ち消すように、和音が忙しく動き回っている。しかし、 中間部で、『Op.118-2』の風情を醸し出している。

『Op.119-3』は、ブラームス一流の、苦みばしったユーモアのあらわれである。 この曲は、ケンプのような下手なピアニストの弾き方では聴けたものではない。和音の平行移動のテクニックの欠如した ケンプの弾き方では、和音の間に、不必要な間があいてしまい、それをつくろうために、他の部分に影響が及び、結局、 曲が崩壊している。この曲に限らず、晩年のブラームスのピアノ小品集の演奏は、ギーゼキングか、グールドか、 チッコリーニに決まっている。特にギーゼキングが録音しているブラームスは、この晩年周辺のみである。ブラームスの 若い頃の駄作になど見向きもせずに、このあたりだけやるとは、さすがはギーゼキングだ。あのルービンシュタインの ようなのが何でもやるけど何一ついいものを残していないのに比べてみればよい。そこには、偉大なアーティストと、 ただのピアノ弾きとの歴然とした差がある。

『Op.118-1』。このアルペッジョの小品は、 『Op.118-2』のプレリュードといった趣き。『Op.118-3』の 舞曲におけるテーマの有機的なつながりは特筆に値する。ことに、中間部の左手の伴奏に乗って、第一主題が再現するところ の書き方。
さすがはブラームス! うまいなあ! 感心するほかないパッセージだ。
『Op.118-4』は、ラフマニノフ的な不安定なモチーフの積み重ねと、 以前のブラームスには見られなかった大胆な和声進行からなるが、この曲集中難曲の一つである。『Op.118-5』。この ユニゾンの重厚なテーマがよい。そして、それに対比させられる中間部のやるせない長調。この曲が晩年の長調の雰囲気と するなら、『Op.118-6』はこれに対応する深い悲しみで、『Op118』の6曲を閉じる。

『Op119-4』。この作品は、この後書かれた 『2つのクラリネットソナタ』『厳粛な歌』を残して、 ブラームス最後のピアノ曲である。
もちろん、技法的には、ベートーヴェンと同様、ピアノの低域の協和音の三度は詰まっており、とても汚い響きなのに、 曲全体は自由な雰囲気に包まれて、今にも飛び立たんばかりの躍動感にあふれている。これはとりもなおさず、 地平が広がるような、バスラインモチーフによって何回も行われる 転調のせいである。
そして、何と、何と、終結を同主調の変ホ短調の協和音に持っていくんだ。 う〜〜〜ん。素晴らしい。なんと若々しく決然としていることだろう! ブラームスはもう過去への一切の執着を捨てて、未来を見つめている。創造する人間は いつでもこうありたいものだ!






それまで、バッハやベートーヴェンの方ばかり向いていたブラームスが、晩年のちょっとした心境の変化でもって本心 を打ちあけると、このような素晴らしい小品が生まれたのである。 なんという余裕だろう!

それにひきかえ、あのメンデルスゾーンときたら、最初から本心ばかり打ちあけていたため、すぐに空っぽに なっちゃったんだな、きっと。

ブラームスの晩年のピアノ小品集は、「本当のロマンティストは、ブラームスのように、同じだけのリアリズムに 裏付けされている人だということ。」を、ぼくに教えてくれる。

その証拠に、シューマンになんか、このブラームスの晩年のピアノ小品のような、あくまでも高貴で、しかし、触れる 人の心をつかんで離さないロマンティシズムに満ちた曲など一曲もない。わずかに、気が狂いそうになった頃書いた 『森の情景』あたりが、ようやく、それに及ぶだろうか、といったところだ。でも、『森の情景』や『子供の情景』 にしても、(個人的には、ぼくはシューマンの歌曲とピアノ小品は大好きなんだけど)、この、ブラームスの晩年の ピアノ小品集のような普遍性なんて全くない。

古典音楽をとことんまでつきつめたブラームスの強みがそこにある。

おそらく、後期ロマン派の時代を生きた作曲家の中で永久に歴史に残るのは、古典音楽のすごさを自分の作曲との 対比において十分に知っていた、ブラームスとショパンだけかもしれない。








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