香川県・さぬきの国に思うこと
(2008.1.9.執筆)
BGM:ギョーム・ルクー『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第2,3楽章』(エンドレス)
〔 1986.7.27.東京・キネブチピアノサロン「ピアノと遊ぶ会」ライブ収録 〕
演奏;ヴァイオリン;竹内恵梨子、ピアノ;岡田克彦
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ぼくの生まれ育った、香川県・さぬきの国は、万葉集において、柿本人麻呂によって、
「玉藻よし讃岐の国は国柄か、見れども飽かぬ神柄か」と歌われた、風光明媚なところです。
また、弘法大師(空海)の出生地であること、それゆえに四国八十八ヶ寺の総本山は、空海の生まれた善通寺(七十五番札所)に、また、最後の結願の寺の八十八番札所の大窪寺も香川県にあります。
そして、四国八十八ヶ寺を回るお遍路さんがいらっしゃったら、接待するという習慣が、江戸時代頃からずっとあったことが、文化的にはとても影響していると思います。
例えば、砂糖はさぬきの名産品の一つでしたが、これも江戸時代の中頃、薩摩から来たお遍路さんが遍路の途中で病に倒れたところ、さぬきの人々が手厚く看病してくれたのでお礼に薩摩の製糖技術を教授していったのが始まりと言われています。
また、高松市の東端には、那須与一の矢が見事に平家の扇を射た、源平合戦の古戦場の屋島壇ノ浦があり、さらに、平賀源内の出生地でもあり、平賀源内が発見した「美霞洞(みかど)温泉」等もあります。
このような偉大な歴史を持っている香川県なのですけど、どうしてなのか、香川県の県民性はとても封建的で進取の精神が乏しいと言われています。
が、まあ、考えてみると、空海も都の京都で、平賀源内や菊池寛も東京に出ていって認められましたので、高知県の坂本竜馬のように地元にいながらにして認められたわけではないのですよね。
このあたりが、香川県のよくないところじゃないかと、ぼくは感じています。つまり、出る杭を叩く金槌がたくさん住んでいるところだ、ということですね。
だから、値段の安い『さぬきうどん』くらいしか地元でずっと残って認められたものはないのでしょうね。
最近、高松で出会う若い人たちに、ぼくは、機会を見つけて東京に行くことをすすめています。
いずれ、そんなことをしなくていい時代が来ればいいな、と願いながらも、現状は、文化的な、東京と高松の落差は、ものすごくあるからなのです。
が、それ以上に、香川県以外の土地の人たちと出会って語らうべきだと思っているからです。
それによって、少しでも、金槌になるかもしれない人たちに金槌にならない方がいいんだよ、ということに気づいて欲しいからなのです。
大した努力をしなくても、また、才能がなくても、誰でも金槌には簡単になれます。人のあげ足をとったり、あら捜しをするほど簡単なことはないからです。
金槌の人達は、それでいっぱしの人間になったつもりで、煩悩を満たして自己満足し、悠久の歴史の中ではほんの一瞬の短い生涯を閉じるのですけど、出会った人の誰一人の心の中にも心を揺り動かす何も残さないのです。
まあ、それでも、金槌の生涯を送りたい方は送ればよいのです。
でも、ぼくは、人間が好きなので、おせっかいにも、金槌になりそうな方にはならないように、注意を喚起しています。
嫌われたっていいのです。金槌になる前に、一人孤独にやることはいっぱいあると思いますからね。
掲載写真は順に、香川県の名所から、屋島、美霞洞(みかど)温泉郷、五色台、です。
こういう美しい自然に接して、美味しいさぬきうどんを食べていると、J.S.バッハや弘法大師に思いを馳せても、周囲の、似たり寄ったりの、大量生産を旨としている作曲屋さんに関わるのは時間の無駄なので、一人静かに、作曲しています。
拝金主義者の皆様は、『切磋琢磨』することがお好きなようですけど、『切磋琢磨』する相手を選ばないとつまんない結果になることは最初からわかっていますよね。
例えばですよ、小室哲哉と切磋琢磨して、何か、残るのでしょうか? 、って考えれば簡単なことですよね(笑)。
『マラルメ』が言ったように、「すべての書は読まれたり、肉は悲し。」って言えるくらい自分の納得出来る作品を一つ一つ書いてゆきたいと思っています。