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『孤独とノスタルジーの果てまで』
・・・・・プーランク・・・・・


岡田克彦

 

1986.8.10.執筆、『ピアノと遊ぶ会会報(1986年8月号)』に掲載


BGM;プーランク『クラリネットとピアノのためのソナタ 全楽章』(エンドレス)
(クラリネット;品田博之、ピアノ;岡田克彦)
〔 1987.5.10.東京・目黒・ミュージックプラザ『音楽仲間たち』サロンコンサートライブ収録〕



 

APA埼玉例会にて

1986.12.APA埼玉例会
クリスマスコンサートにて
プーランク「木管ピアノ六重奏曲」
門倉木管五重奏団との共演
(第2楽章がモーツァルトのパロディー
のこの愉快な作品は、私が初めて
演奏したプーランクの室内楽でした。)






 演奏する立場において、僕が一番愛している作曲家は、フランシス・プーランクです。今まで出会ったどんな作曲家よりもぼくに近くて、もしかしたら彼はぼくのために曲を書いてくれたんじゃないかと思えるほど、水を得た魚のように、自然に演奏できるからです。

 初めてプーランクの曲を聴いたのは、4年前、APA(エイパ・日本アマチュア演奏家協会)に入会して間もない頃でした。できたばかりの、簡易保険会館で行なわれたベルリンフィルメンバーによる室内楽コンサート。曲は「オーボエ、ファゴット、ピアノのためのトリオ」でした。この時の第一印象で、そのうち、ぼくが夢中になる要素を持った作曲家だ、と直感しましたが、まさか、今のような深い関係になるとは夢にも思いませんでした。当時は、ただ、フォーレの室内楽曲をやることだけが当面の課題でしたから。

 ところが、APA入会後、フォーレをやるかたわら、プーランクをやるはめになってしまい、最初は、管楽器の人達に頼まれてやっていたものが、だんだんとぼくの中で大きな部分を占め、ついにはフォーレをしのいでしまいました。「木管ピアノ六重奏曲」を皮切りに、「ピアノ協奏曲」「フルートとピアノのためのソナタ」「ある日、ある夜」「クラリネットとピアノのためのソナタ」「ノクターン」「オーボエとピアノのためのソナタ」等、レパートリーも増え、考えてみると、その数はフォーレよりもずっと多いのです。一方、聴く方でも、バレー組曲「牝鹿」はじめ、「オーバード」、オペラ「ティレジアスの乳房」「カルメル派修道尼の対話」、無伴奏カンタータ「人間の顔」、「2台のピアノのための協奏曲」などは、特に気に入りました。

 彼の作品には、彼の尊敬していた
モーツァルトのパロディー収拾のつかない転調など、ディレッタントなギャグがいっぱい詰まっています。

 「牝鹿」に『プラハシンフォニー』が出てきたり、「2台のピアノのための協奏曲」に『戴冠式』が出てきたり、思わず吹き出さずにはおれません。もちろんこれらは、十分ほくを楽しませてくれ、また、一般的にも、この機知に富んだセンスには定評があります。

 しかし、ぼくが最も好きなところは、他にあります。

 それは、例えば「ピアノ協奏曲」の第2楽章の冒頭のオーケストラの刻むリズムにのってだんだん懐かしい気分になってゆく和声進行や、「フルートとピアノのためのソナタ」の1楽章の第1モチーフの熱い思いや、これの下のバスラインのクロマティックな和声進行によって醸し出される、
薄氷の上を歩くような不安定さや、「オーボエ、ファゴット、ピアノのためのトリオ」の第2楽章の終結の調性が定まらずに、美しく妖しげに揺れ動いたりするところや、「クラリネットとピアノのためのソナタ」の第3楽章の懐かしい第3主題や、かの有名な「フルートとピアノのためのソナタ」第2楽章の官能的なテーマの美しさなど、に代表されるものです。

目黒音楽仲間たちサロンコンサートより

1988.11.6.東京・目黒・
ミュージックプラザ
「音楽仲間たち」サロンコンサート
プーランク「フルートソナタ」
フルート奏者・谷水君と共演のスナップ

 

APA西武線例会・オータムコンサートにて

1986.秋.APA西武線例会
オータムコンサートにて
プーランク「クラリネットソナタ」
クラリネット奏者・品田君との共演

 

 

 

 若い頃の作品から既に垣間見えていたこの孤独の裏返しとしてのノスタルジーは、晩年、ギャグがなくなってゆくのにつれて、次第に強くなってゆきます。その極めつけが、ぼくがプーランクの全作品中最も好きな

「オーボエとピアノのためのソナタ」

 死の前年、1962年に書かれたこの曲には、全くギャグも遊びもありません。ただ、ノスタルジックな気分の美しさと、恐ろしく孤独な独白だけから成っています。


 

1楽章

 懐かしいト長調で始まります。静寂に向かってオーボエが呼びかけピアノがト長調の主和音で8分音符を刻みながら答える。…なんと、ト長調な響きでしょう。曲はセブン系の分散和音を加えて次第にメロドラマ風になってゆきますが、突然、変ロ短調の透明な第2主題によって飛躍し、それが美しく遠隔のニ長調に移ったかと思うと変ロ短調の別のテーマの孤独な影が少し差してくる。少しとどまってから、恐ろしく寂しい中間部に入ります。が、これは長く続かず、最初のト長調が再現し、ほんのしばらくの安堵に浸ることが出来ます。その後も、気分は、何回も不安定にゆれ動き、 結局は、ト短調で暗く終わってしまう。
ノスタルジックなト長調に昇華されている外見は、それと同じだけの恐ろしい孤独に裏づけされている。そのため、本来、底抜けに明るいはずのト長調が、ここではちっとも明るく感じられないのです。
…プーランク以外の誰も、こんな世界は表現できなかったでしょう。


 

2楽章

 スケルツォ。三部形式の中間部はノスタルジーに満たされた美しいテーマですが、前後のバカ騒ぎは、従来の茶目っ気タップリのものとは無縁の、
気狂いじみたストイックなもので、いわば、
全く肉体を伴わない世紀末の乱舞でもって、聴く人の心を掻き回します。


 

3楽章

 ようやく、この3楽章の冒頭の2小節のピアノの和音によって、聴衆はノスタルジックな世界に再び救われ、懐かしいテーマがオーボエに再現し、しばらく歌われます。
しかし、美しい一時もここまで!
 クロマティックな装飾を伴ったピアノ伴奏の死の足音がついに、ついに、近づいて来る。オーボエから、懐かしいテーマを否定的に激しく奪ってしまおうとする。
オーボエは、あの第1楽章の第2主題を思い出して美しさを取り戻そうとするものの、それも、ほんの一瞬の無駄な抵抗に終わります。

 …すなわち、ピアノが死の足跡を刻みながらオーボエの孤独なつぶやきに「複調で答え」、取り返しのつかない  「不協和音の後悔」のうちに曲を閉じるのです…。



 …孤独感にもいろいろありますが、このプーランクの晩年の
孤独感の切実さは恐ろしく深いものです。

ぼくは、この3楽章の終結をピアノで弾く度に、胸をえぐられるような痛みを覚えてなりません。

 人間、誰しも死ぬ時は一人ですし、ましてや作曲行為など、もともと孤独なものです。他の作曲家たち、モーツァルト、ショパン、シューベルト、ブラームス、フォーレ、ドビュッシーなども、最晩年、独特の境地の同じような作品を残しています。が、これらは、芸術家の晩年にふさわしい、ある種の聖諦の境地にあって、ある種のあの世の光的なものを発していて、まるで、天国で書かれたような趣きがあります。

 でも、プーランクにはそれが全くない!
 ただ、ひたすら孤独で暗く恐ろしい世界を覗き込んでいる!


 こんな作品を残すなんて、たぶん、プーランクは、前述の作曲家たちよりもずっと、

 「現代人特有の精神的な弱さとデリカシーを具備した、大変な寂しがり屋だったんだろうな。」
それと、「彼はホモセクシャルだったから、一生独身でいたからなのかもしれないな。」


 彼の魂は、決して天国に召されることなく、最後まで現世に執着していたようです。

 ここ、4年来、この痛々しいプーランクを一緒に演奏してくれるオーボエ奏者を捜し続けていました。が、ようやくこのプーランクの孤独を察知している人とめぐりあえ、最近、練習を始めました。

 が、何ということでしょう!
 一回一回弾き終わる度に、ぼくのハートは、ボロボロに掻きむしられ、どんどん、精神が削り取られてゆく。…しかし、いけないのはわかっていても、
 それに魅かれて、小悪と官能の世界に落ちてゆく自分を、もう、食い止めることはできない。

 
ドビュッシーが太陽ならば、プーランクは底知れぬ暗闇です。

 プーランクのすべては、マイナー志向で否定的で、決して、ドビュッシーのように、多くの人に感動を与えたり、励ましたりするようなポジティブな効果はあり得ません。しかも、客観的に眺めて、プーランクなど作曲技法上、何の革新もなし得なかった、取柄のない人です。しかも、ドビュッシーが大衆受けなど考えもせず自分の世界だけからスタートしながら結局は時代の中心になっていったのに対して、現世に執着して大衆的な発想のプーランクの本音は、ほとんどの人に理解されることはないでしょう。…なんと言う皮肉…あと100年もすれば、音楽史の上からプーランクの名前は消えているかもしれません。作曲技法上の欠点を指摘して、彼をけなすことは誰にでもたやすくできることです。
 しかし、プーランクのことを一人の作曲家として客観的に眺めることは、ぼくにはもう、絶対に出来ません。

 ぼくはもう既に、彼の作品の演奏のためなら、
自分の作曲なんて捨ててしまってもいいくらい、プーランクが好きになってしまったのです

 
『孤独とノスタルジーの果てまで』、
 
彼につきあってみようと思っています!!











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