『瀬戸内海のこと』
(1990.7.執筆、『ピアノと遊ぶ会会報(1990年8月号)』に掲載、 2005.8.31.一部改訂)

備讃瀬戸内海
ぼ く の 住 む 四 国 か ら 見 た 瀬 戸 大 橋 の 一 日
すべての印象、すべての感情の萌芽は、全く自己自身の内部で、幽暗の境で、名状しがたいところで、安全に発育させるようにし、深い謙虚さと忍耐とを持ってあらたな明澄さの生れ出るのを待ち受ける。これのみが芸術家の生活と呼ばれるべきものです、理解においても創作においても。そこで時間で量るということは成り立ちません。年月は何の意味をも持ちません。
・・・・・リルケ「若き詩人への手紙」より・・・・・
音楽をずっとやってきて思うこと。私は、もし作曲をやっていなかったら、少なくとも、こんなに長く、音楽と
(例えばピアノの演奏なんかと)付き合ってはいなかっただろうということ。
確かに、ピアノソロ、ピアノコンチェルト、室内楽、等々、のいろんなピアノ演奏の体験をする、というのは現象面
でとらえると、すごく演奏の幅が広がった、っていうことになるのかもしれません。また、好奇心を失わずにいろいろな
ものにチャレンジするのは、いいことです。でも、そういった極めて演奏家的な視点で私のやっていることを見られると、
ただ、自分を表現したいから作曲までやっているんじゃないの、とか、私以外の作曲家の作品を演奏する際にも、曲を利用
して自分を表現することを第一に考えているんじゃないか、という風に写るのかもしれません。
実際、作曲をやっている人の演奏はあくまでも作曲家的であり、演奏家の演奏とはタイプが違う、という言い分は、
いい意味であれ悪い意味であれこうした視点に基づいているのでしょう。が、私の場合、この一般論は通用しないような
気がしています。
もちろん、私にとって最も興味ある音楽活動は作曲です。しかし、私の音楽活動そのものが既に自己表現のためのもの
じゃないのです。第一、音楽する前に「さあ、これから一つ自己表現をしてやるか。」なんて、もくろんだりしたことなど
一度もないのですから。
私にとっての作曲の目的は、外に向かって自分を表現するという欲求を充足させるようなものじゃありません。
作曲に関して、私はモーツァルトやドビュッシーほどの才能はありませんし、私の場合は音譜ではなく言葉(文章)
の方が自分を必要十分に表現できます。また、私の場合は、シューマンが言っているように、友人に誉められてチヤホヤ
されるのが楽しいから作曲をやっているんだ、なんてものでもないようです。もちろん、全面的に否定できるものじゃあり
ませんよ。が、ただし、これは音楽や作曲に限らず、誰でも何だって自分のやっていることが周囲の人達から認められたり
誉められたりするのは嬉しいことで、音楽や作曲に限ったことじゃありません。まあ、作曲の場合はやっている人も少ない
でしょうから、弦楽四重奏の組合せにおけるヴィオラ奏者と同様、珍しがられるかもしれませんが、それはそれだけのこと
に過ぎません。世のヴィオラ奏者には、この稀少価値だけでやっている情ない連中がいっぱいいますが、一応、私がそこ
まで堕落した音楽家じゃないことは、皆様も認めてくれているのじゃないかとは思っています。
私自身の作曲の目的は、自分の感性を「曲」という形態にすること。たぶん、冒頭の、リルケの言葉に書かれているような、
自分が意識していないのに自分の中で育ってしまっている感受性といったものと客観的に対峙し、直接確認することであって、
従って、極めて人間のメンタルな特徴の内側(それもコアの部分)への興味から作曲活動をしています。
で、これまでの作曲活動を通して一番驚いたことは、私自身の感性において重要な部分がかなり幼少期に出来ていること。
しかも、特に「海」から受け取ったものが自分の感受性にとってかなり支配的な影響力を持っている、ということを確認
できたことでした。これは自分の書く曲のモチーフや和声やフレーズやリズムといった、作曲上の操作を行なう以前に私
の中から出てくる構成要素全てに渡って感じられることなのですが、そういったことに気づいてから、自分以外の作曲家の
作品で自分の好きな作品を見直してみると、やはりその構成要素の中に「海」または「水」の要素があることが確認でき、
本当にびっくりしたものです。実際、私の周囲にいる音楽家の人達でも、その人の作品や、あるいは演奏家ならば、演奏
を聴かせてもらったり、室内楽を一緒に合わせる上での演奏上のアプローチに、技術などの表面的な現象とは無関係に共感
することがありますが(例えば、付点音譜の取り方や拍の食い方のようなもの、アチェランドやリタルダンドのテンポ感覚など、
を何の言葉の打ち合わせもせずに一発で一致させられるようなケースのことです)、大体、そういう人たちは小さい頃に
「海」に近い所で育った人達なのです。
例えば、湘南海岸で幼少期を過ごされた、東芝EMIクラシック部長で作曲家の幸松肇さんという友人の作品には必ず「海」
の波動が聴こえるので、私はいつも安心して聴いていられますし、幸松さんのヴィオラを入れたピアノカルテットなんかの
グループで一緒に合奏していると、やはり安心していられるのです。一般にピアニスト(特に音楽大学ピアノ科卒業生等)は、
室内楽を上手い弦楽器、管楽器の人とやりたい、と思っているようですが、私はいつもそんなことは考えたことも
ありません。(第一、上手い、とか、下手、なんて言葉は、相対的な意味の形容詞、つまり、前より、上手くなったか、
下手になったか、で判断する時に使われる用語です。ですから、このあたりの日本語の意味を理解せず、自分の感性も
自覚せずに、ただ「上手い弦楽器の人を紹介して下さい。」と、APA(エイパ・日本アマチュア演奏家協会)に入って
くる音大ピアノ科卒業生の人達に要望されてメンバーアレンジをしてあげることくらい空しいことはありませんでした。
結果が、即興性も何もない、つまらないどっかのCD収録済みの二流のプロの演奏になることが、最初からわかっている
からです。)私の場合は、「海」のそばで育った人達と室内楽をやりたい、というのが第一の希望です。
今、大阪で、一つ、ピアノカルテットを固定で組んでやっています。そのヴァイオリンの伊藤君と、チェロの今村君
(2人とも私より10歳も若い連中です。)が、本当に対称的なアナリーゼでやっているのに、妥協するのでもなく、
お互いカバーし合いながら合ってしまうという状態なのです。私は最初どっちに合わせるべきかパニックになりましたが、
彼らの話を聞いて納得させられました。というのも、その二人が幼馴染で、ずっと一緒の学校で育ち、小さい頃から一緒に
合奏する機会が多かったからなのです。本当に理想的な室内楽の組み合わせというものはこういうものなんだな、
と思いました。ピアノのソロで育った私には体験したくても絶対に出来なかったことだけに、心底、うらやましいな、
と思いましたが、私が「海」を通して漫然と感じていたことは、やはり、幼少の頃、感性が作られる時期にかかわる
ことだという点で共通する現象なのです。
理想的な室内楽を組むには、メンバー個々人の室内楽の経験年数や経験曲目が一致するだけでは不十分です。これらが
整っただけでは、うまく行ったところで、せいぜいが、CDに収録済みの誰かのやった演奏の模倣が関の山でしょう。
オリジナリティーをそのグループで編み出すことなどは不可能です。重要なことは、感受性を共感し合う機会をどれだけ
持てるかです。だからこそ、お互い、同程度の感受性を持っていることを最初に信頼し合っておく必要があるのです。
そして、感受性となると、問題は音楽の範囲だけでは解決できないような状況になって来ます。つまり、その合奏相手が
どんな幼少期を過ごして来て、今、どんな生き方をしているのか、どう生きたいのか、等まで含めた広範な理解と敬意を
交換出来るような状況が必要だということです。誤解なきよう付け加えるならば、このことは合奏以前の義理やしがらみや
人情なんてヒューマニックなもののことではありません。だから、伊藤君と今村君のようなケースが一番理想なのですが、
こんなこと、めったにないこと。で、私はいつも室内楽を初めてのメンバーと合わせる時には、最低限、メンバーが
「海」の近くで育ったのかどうかだけは、必ず確認することにしています。
それから、音楽へ向かう姿勢も合奏メンバー同士で話し合っておく必要があります。私自身の場合は、初めてのメンバー
と合奏する時には、大体、次のようなことを、ある種の共感体制を確立させる動機づけとして、お茶でも飲みながら、
お話することにしています。
・・・・・・・・・・「私自身、音楽を趣味にして生きてるんだけど、このことを必要以上に強調したくないです。
あんまり、自分の日々の生き方に型やパターンを作りたくないからなんだけど、現実問題、物心ついた頃には既にピアノを
弾いてたので、『私の趣味はピアノだ』なんて意識してなくても、仮に、会社がメチャクチャ忙しくて1ヶ月もピアノに
触れなかったら、指が一種の飢餓感に襲われてどうしようもなくなってしまうので、どんなことしたってピアノに触りたく
なるんです。これまでいろんな局面でそういう体験してますから、一生ピアノ弾いてると思います。私にとっての音楽を、
どうしても定義づけないといけないのだったら、「ライフワーク」か、大好きな「マイルドセブン」か
「呼吸」ですね。ま、どっちかというとラテン気質の能天気な方で、
既得権にこだわらないで、全ての物事はその事を始める時に始まるのだ
と思っています。今回の合奏もそういうことで、まあ、以前のことは忘れて、白紙でインテンポでやりましょう。
正しい音程でやってもらえればいいです。音量は相対的なものですから、最初は出来るだけ大きな音で
やって下さい。それと、私は演奏中はピアニストだから、今回合わせる私の曲やる時も、作曲家、兼、ピアニストなんて
いかめしい扱いはしないで下さい。・・・・・そんなことよりさあ、ちょっと楽器や楽譜はあっちに置いといて、みんなが
今の楽器に取り組むようになった背景とか生れた所とか教えてよ・・・・・。私は、四国の高松で生れたんです。随分昔で、
あの頃は瀬戸内海がとてもきれいだったんだ。雨の少ないところだけど、
うどんはとても美味しくて、空襲で丸焼けになった後再建された街はアーケード街も結構きれいなんですよ。
私のテンポルバートや付点感覚が甘かったりアバウトなのは、瀬戸内海の静かな波の影響じゃ
ないか、って思ったりすることもあるんだ。」・・・・・・・・・・
この、最後の私のやり方を、ある著名なアーティストと会う機会があったので披露したところ、随分感心して下さり、
「あなたのお人柄があれだけの完成度の高い室内楽を完成させられる原点にあったのですね。やはり、室内楽は人間関係なの
ですよね。」と、浪花節にされてしまいました。
あ〜あ、この人も何もわかってくれないな、とがっかりしました。
室内楽に必要なのは、コスモポリタンでグローバルな人間愛です。
お人柄や人間関係は、それを実現させる手段の一つに過ぎないのですが、この狭い狭い島国の日本では、手段が目的にされて
しまっているので、ろくな室内楽グループが存在していないのです。手段を駆使せずに目的を達成するには、それぞれの
メンバーが生まれ育った出身地でベストなグループを作れるような環境が出来ればよいことを私は言いたかったのですが、
・・・・・・・・・・東京が全ての文化機能の中枢であることに大変な付加価値を感じているプロのアーティストが多い
ことは本当に困ったことです。
私の最大の夢は、いつの日か、瀬戸内海沿岸で生まれ育った人たちでピアノ
カルテットを組むことです。自作もそのメンバーと出来れば最高だな、と思っています!
だからね、やっぱり、自給自足でないとダメなんですよね。
私が死ぬまで、高松に東京近辺のような環境は出来ないだろう。
もちろん、ヨーロッパや東京の一流アーティストの演奏会を聴きに行くことは、絶対に不可欠なことなんだけど、
高松での演奏会の企画にあたっては、高松出身の人達のネットワークや、高松出身の人達だけが室内楽のステージに上がる
ような状況にならないと、絶対にダメなんですよね。
既に、ヨーロッパ各地では、首都でない地方都市が、そこでしか発信出来ない演奏会を提供しているんですから。
何で、日本だけ、東京が別格上位なのかなぁ、っていつも感じてます。
既に、東京や名古屋のコンサートホールでは、一部、演奏会の休憩時間に、ホワイエでシャンパンを出しています。
何で、シャンパンなのと、私は怒りたくなります(笑)。
私は、名古屋では、演奏会の休憩時間に、ホワイエで、シャンパンじゃなく、「ういろう」「手羽先」「きしめん」
を出せばいいと思いますし、高松は、絶対に、演奏会の休憩時間に、ホワイエで、「ぶっかけうどん」を出すべきです。
例えば、当日の演奏曲目が、ベートーヴェンの「ラズモフスキー」であっても、出演者も聴衆も全員香川県在住の人達ならば、
「ぶっかけうどん」の方が、絶対、音楽は日常的に楽しめます。
そして、翌日の、四国新聞の音楽書評欄には、「ラズモフスキー」と「ぶっかけうどん」の相性について、香川県在住の
音楽評論家(音楽評論家と言っても、もちろん、アマチュアじゃなく、音楽大学でピアノあたりを専攻していた人でないと
ダメですよ。第一、ニーチェの哲学なんか、「ラズモフスキー」や「ぶっかけうどん」と無関係ですからね〔笑〕。)が、
コテコテのさぬき弁で執筆すれば、四国新聞の披見率も格段に上がることでしょう。
例えば・・・・・
『ヴィオラの存在感が今ひとつやったけどのぅ、あれは、ぶっかけうどんのダシの縁の下の力持ちが、
『いりこ』みたいなもんやったけん、かんまんでないんなぁ、いうて、みんな言よったでぇ(爆)。』等々・・・・・
何て、音楽評論が、四国新聞に掲載されたら、香川県の人達は、みんな楽しみに読むはずですよ。
こうしていつの日か、高松の地場プロデュースのコンサートは全て、
「ぶっかけうどん」を食べに行く場になれば、全国的なPRも完璧です(爆)。
これは、間違いなく、素晴らしい、観光資源です!!
おわり
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