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『高円寺・ボンの思い出・・・
ドビュッシーの弦楽四重奏曲』




岡田克彦


(1986.12.執筆、『ピアノと遊ぶ会会報』1987年5月号に掲載)


BGM;ドビュッシー『クラリネットとピアノのためのプレミエラプソディー』(エンドレス)
(クラリネット;杉藤健二、ピアノ;岡田克彦)
〔1985.6.23. 日本アマチュア演奏家協会埼玉例会・サマーコンサートライブ収録〕



あれは、大学入学間もなくのこと、初めて早慶戦を見に行った時のことでした。クラスの友達数名と前夜から神宮で 徹夜で並んで応援席に席を取って応援したかいがあったのか、その最終日に早稲田が勝ったものだから、あとが大変でした。 応援席にいた名前はおろか学部も学年も知らない熱狂した連中とワーッと新宿へ飲みに行ったまでは覚えているのですが、 そのあと何次会までいったものやら・・・・・気がつくと、コマ劇の前の噴水のある池の前で、すぐ横にいたクラスメイト のM君が回りのみんなに寄ってたかって池の中に落としこまれるところでした。泥酔状態の彼は気丈にも「これ、タノム」 と財布と定期券入れをぼくに託して落ちてゆきました。回りを見ると他の友達はどこかではぐれたのか、知らない連中ばかり、 ・・・・・まあ、みんな早稲田の応援帽かぶってましたけど、・・・・・で、地球座の方では歌舞伎町のヤクザ数名に早稲田 の学生がからまれて喧嘩が始まったとかで、興奮した学生が何十人も応援に行ってみんなで寄ってたかってヤクザを叩き のめしている。もうムチャクチャ。早慶戦の夜にからむなんてドジなヤクザだね、と誰かが言っている。そういう光景を 眺めていて、なぜかとてもおかしくなってしまって、ぼくは際限なく笑い続けていました。(たぶん、ぼくは笑い上戸 なんです。)

ともあれ、もう12時を回っていて、前夜も一睡もせず神宮で飲んで大騒ぎしていたので、眠くて眠くて、M君を連れて 帰ろうと呼んでも池から出てこない。十数名の落としこまれた連中と一緒になって平泳ぎしたり噴水の台の上で踊って おるのです。よくやるよ全く!・・・・・ともかく、まだ泳ぎたいという彼をひっぱり出して連れて帰りました。 そしたら彼、新宿駅東口へ抜ける地下街に入った頃から、突然泣き出してしまって(この人泣き上戸みたいで)回りに 人がいっぱいなのに恥ずかしげもなく「こんなバカなことをしてしまって田舎の両親に申し訳ない。」などと叫ぶものだから、 どうしようもなく、高円寺にある彼のアパートまで送ってゆくことにしました。ところが、ぼくは高円寺初めてだったし、 彼は酔払っていて道がわからない。まだ5月で寒い夜でしたし、腹も減っていたので、仕方なく高円寺中通り商店街 の奥にたった一軒開いていた「ボン」っていう深夜喫茶にはいって彼を休ませました。ベチャベチャになった彼の シャツを脱がせて絞ったりシートが濡れないようタオルを貸してもらったり、もう大変でした。(この喫茶、 まだあって、同じマスターがやっていますが、今は深夜営業はやめています。)

今でも、高円寺、阿佐ヶ谷など、中央線沿線の各駅の雰囲気が、ぼくはとても好きです。このあたりは大学生の 住んでいるアパートが多く、また芸術家の卵が結構いて、喫茶店や飲み屋には、泥くさいけど一種独特の熱気が あるのです。だから、クラシック喫茶なんかも各駅に一つずつは必ずあって、スノビックな連中のたまり場に なっている。(中野の「クラシック」、高円寺の「ネルケン」、阿佐ヶ谷の「ヴィオロン」、荻窪の「ミニヨン」、 吉祥寺の「コンチェルト」など)

で、この「ボン」は普通の喫茶なのにクラシックがかかっていて、卵雑炊を食べたぼくたちは、サン=サーンスの ロンド・カプリチオーソや、シベリウスのトゥルネラの白鳥など、一連の気味の悪い曲を聴きながら、ぐっすり眠りました。

目が冷めたのは朝の5時頃だったでしょうか。向こうのカウンターでヴァイオリンを横に置いた女の子とマスターがしゃべっている。
「おやおや、お目覚めですか? 昨日は早稲田が勝ってよかったですね。」
「はい。でも、もうクタクタで、・・・・・えっ、どうして知ってるんですか?」
「そりゃ、お隣の方が眠りながら、『コーンペーキーノー』なんて歌ってらっしゃったから。あれ、 早稲田の応援歌なんでしょう。」
「わっ、恥ずかしい。このバカそんなことしてました? おい、起きろ。」
と起こしても彼、ヨダレを垂らしてグッスリ眠っている。
「寝かせとけばいいですよ。それよりお疲れでしょう。こっちへ来て、お休みになりませんか?  暖かいミルクでも入れましょうね。」
「でも、どうして、ここクラシックがかかっているんですか? 昨夜なんてロンド・カプリチオーソが かかっていて、演奏している人、相当昔の人じゃないですか? どれが音程なのかわからない位、ポルタメント がかかっていて、もう気味が悪くて悪くて・・・・・。」
「ハハハ・・・・・、悪酔いしましたか? あれはクライスラーですよ。いや、ほんの道楽でね、 レコード集めてるんですよ。」

「ボン」のマスターは相当なマニアでした。それも、進駐軍がいた当時、そこで仕事をしていたそうで、そのルート で結構レコードを集めたようなことを言っていたから、相当な年代もののようでした。やっぱ、東京っておもしろい人 が結構いるんだな。

「あなたも、クラシックお好きなんですか?」
「はい。でも、ぼくはどっちかというと、聴くよりも演奏をやる方でして、ピアノとか。」
「じゃあ、そちらの彼女と一緒だ。東京芸大でヴァイオリンを勉強してる方ですよ。」
と、紹介していただき、いろいろおしゃべりしました。何でも、今、バルトークの弦楽四重奏に狂っているとか おっしゃっていましたが、暖かいミルクがとても美味しくて、基本的にぼくの方は、ぼーっとしていました。 で、話題が途絶えたところで、
「マスター、あのレコード、またかけてくれない?」と、彼女。

・・・・・そうなんです。この時、「ボン」のマスターがかけてくれたのが、ドビュッシーの弦楽四重奏曲、それも、 かの有名な、カペー四重奏団の演奏による第3楽章でした。

モノーラルの復告盤独特のセピア色の響きでヴィオラがものうげな一本の線を奏で始め、それにチェロのピチカートが 調性を決定するようにはいる。そして、もう一度、今度はチェロの呼びかけの後、見事に調性が定まるように、 他の3本がハーモニーを作る。ここのところ、このカペーの演奏では、まさに夜が明けて東の地平線が白み始める 様な感じのバランスになっていて、その中から、ポルタメントとヴィブラートを十分にかけたファーストヴァイオリン による、あのなつかしい、人懐っこいメロディーが始まる。早朝にふさわしい雰囲気、それも早寝早起きを している謹言実直な生活をしている中での早朝ではなく、夜更かしした前夜の退廃的な思い出のたちこめる、 何か小悪と官能をたたえたような早朝の曲なんだな。ちょうどその時のぼくにすごくふさわしく響いてきたのです。 もう、この3楽章のテーマがぼくの頭の中から消えることはないだろう、と思いました。感動が消えないうちに、 4楽章もM君も放っておいて帰りました。なぜか無性に一人で歩きたかったので、早朝の人通りのない道を、 このドビュッシーの弦楽四重奏曲の第3楽章のテーマを口づさみながら、野方の下宿まで歩いて帰りました。

実際、こういうシテュエイションでもないとカペー四重奏団の演奏は聴けたものじゃありません。フレージングは絶妙 なんだけど、4人が4人とも、あのヤル気満々の出したい放題の音量によるバランスの乱れ、そしてそれを上回るやりたい 放題のポルタメントによる、音程の極限までの不確定化と和声音の非和声化、こうした乱雑でメチャメチャな状況・・・・・ おそらく、このカペーの演奏で何か知らない曲を聴いたりしたら、どんな曲なのか、楽譜上の正しい形は伝わってこない でしょう。でも、そのように考えると、演奏っていうのは、曲の正しい形を伝えるためのものなのか、それとも、演奏者 の主観を伝えるためのものなのか、という永遠のテーマにつきあたってしまうのです。で、このテーマは、聴衆が何を 期待するか、にもつながります。つまり、正しい姿で正しいハーモニーの解決に安堵感を覚えることを感動だと思っている 人もいれば、演奏者が感動にゆれ動くため、楽譜通りにゆかないときの熱気を感じることを感動だと思っている人もいる。 そして、前者は楽譜の優位性を主張するだろうし、後者は演奏者の人間的主観の優位性を主張するだろう。 大体の音楽愛好家の演奏者の好みに関する議論はつきつめると、彼等の主観の中でのこの二つの主張のバランスに よるものですが、一般的に、前者はレコード鑑賞家に、後者はライブ志向の人達に多いようです。そして、 前者の考えの人には、ラヴェルファンが多く、後者の考えの人には、ドビュッシーファンが多いのですが、 このことは、ラヴェルとドビュッシー二人の作曲家自身にもあてはまることです。

簡略化して、前者を楽譜絶対主義、後者を楽譜適当主義とした場合、ぼくは、間違いなく、楽譜適当主義の立場で、 作曲も演奏も、また、聴衆としても、音楽を楽しんでいます。これは、もちろんのこと、テクニックに関する分類 ではなく、音楽に対する目的意識の持ち方の違いに関するものですが、皆さんはどちらですか?








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