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石井正弘岡山県知事と、岡山県民の皆様へ、感謝を込めて

『ショパンの「雨だれの前奏曲」を弾き始めて』



岡田克彦


(2000.9.13.の『岡山後楽園名月鑑賞会』出演を終えて、岡山県知事室への御礼の気持ちとして送付のために2000.9.19.執筆)


BGM(エンドレス);サティー作曲;ジムノペディー第1番 〜
J.S.バッハ作曲;平均律第1巻24番・フーガ 〜
トーク 〜
岡田克彦「全世代メドレー」OP.83
(ミスティー 〜 尾崎豊の“I Love you” 〜 浜辺の歌)

〔エンドレス〕


2000.9.13.岡山後楽園・築庭300年祭コンサートライブ収録〕



岡山後楽園・ピアノソロ

2000.9.13. 岡山後楽園(キャパシティー4000人)にて、
ショパンピアノソロ作品演奏中の写真
(まさに、ショパンの「雨だれの前奏曲」を弾き始めた時)







ショパンの「雨だれの前奏曲」を弾き始めて、 3小節目を過ぎるところでした。アマチュアとして、25年以上に渡り、ピアノや室内楽を全国各地で演奏して来た 私の信じられない事件が起こりました。その日、「おかやま後楽園築庭300年祭・名月鑑賞会」最終日(ピアノコンサート /十六夜朗読会)の9月13日。弾き始めたばかりの最初の演奏曲目の3小節目に、後楽園野外特設ステージに集まられた、 2500人を超える人達は、水を引くように、サーッと静寂になり、このショパンのピアノ曲の左手の形成する、雨粒をイメージ させる変イ音の一粒一粒を楽しみ味わうような、とても野外とは思えない素晴らしい環境を作って下さいました。コンサート ホールの中であっても、東京以外の土地(例えば、8年前に、大阪市の依頼で私がプロデュースして出演した 「福島区民文化の集い」等)では、聴衆のザワめきや、子供の泣き声が、音楽の響きを台無しにすることがほとんどだった のです。

「岡山県の聴衆は何て素晴らしいんだろう!」

私はびっくりしました。そして、この岡山県の皆様方と、短い時間でも、一緒にライブの素敵な時間を共有出来ることを予感し、 幸福な気持ちに満たされました。開演直前の小雨で鍵盤が濡れていて指が滑ったり、湿気のために第1部でピアノの高域の 音が響かなかったこと、バッハのフーガ演奏中にスポットライトに集まって来た蛾が私の首筋にとまったことを無視して 演奏を続けたこと等、野外ならではの予期せぬトラブルもありました。

が、この岡山県の聴衆の皆様の野外でのアミューズメントを楽しむことに慣れている、オーディエンスとしての幅広い キャパシティーから生まれる静寂に包まれてプレイ出来たことは、生まれて初めての最高の経験でした。それは、 ベートーヴェンのピアノソナタ、月光の第一楽章を、十六夜の名月がくっきり出て、ライトアップされた岡山城も見える、 日本三大名園の一つである、後楽園のステージで演奏出来るという、おそらく一生に一度しかないであろう貴重な体験を させていただけたこと以上に、アーティストとして、はるかに嬉しいことでした。

岡山後楽園・ピアノソロ

2000.9.13. 岡山後楽園(キャパシティー4000人)第2部、
朗読家の平野啓子さんの朗読とのデュオ



演奏は第2部になり、平野啓子さんの、竹久夢二の「お月様」「さすらひ」「夜」の3編の朗読と、ロバート・マンチ作の メルヘン「ラブ・ユー・フォーエバー」の朗読に、私の自作、ミックスアレンジをカップリングするデュオに入りましたが、 静寂ゆえに、笑い声等の反応も含め、聴衆全てと一体化することが出来、ほとんどリハーサルなしでしたが、ピッタリと 息の合った素晴らしい共演が出来ました。また、第3部のラスト、空は晴れ渡り、星がたくさん見えて来ました。さらに、 後楽園の木々の間には蛍が飛んでいました。時間の都合で、ラストの演奏曲目は1曲だけになりましたが、私は蛍と 星々に似合う『ショパンのノクターンOP.9-2』を演奏しました。カットした『幻想即興曲』を聴かれたい人達も いらっしゃると思いましたが、これだけ自然と融合したロケーションでしたから納得して下さると思いました。 そして予想通り『ショパンのノクターンOP.9-2』の終了と同時に、「アンコール」という叫びを3回もいただきました。

共演の、江守徹さん、平野啓子さんと私の3名が、プロデューサーの岡山県知事の石井様から花束と固い握手をいただくと いう光栄なラストで、その日のイベントは幕を閉じました。

さて、今回のイベントへの参画を終えて、私は、日本の東京以外の(大阪も含めた)地方都市で、岡山ほどの一般聴衆が 育っている地域があるかどうかを考えてしまいました。そして、私の知り得る限りでは、そのような地方都市は岡山以外 には全くないという結論に達しました。共演した俳優の江守徹さん、語り部の平野啓子さんも、本当に驚いておられた ことなのですが、このあたりの理由を私なりに考えてみました。

まず、第一に、昭和35年から、後楽園で、名月鑑賞会において、邦楽の演奏会を続けてこられたという、40年に渡る伝統と 歴史が考えられると思います。第二に、能楽堂での体験をされている人達が多いということがあると思います。 第三に、県庁が主体となって、こうしたイベントを後楽園で安価に提供し続けて来たことに対する県民の皆様の厚い 信頼と期待があることも重要な理由だと思いました。

芸術的風土は一朝一夕には出来ないものです。こうした歴史的な背景なしには、今回の名月鑑賞会はあり得なかったと 私は確信しています。歴史的なイベントの積み重ねで、首都圏以外の地方都市で、文化水準の高い一般聴衆を育てている のは、クラシック音楽の世界では、ヨーロッパ各国くらいだろうと私は思います。それだけに、岡山県のやっている 活動は、日本でもおそらく唯一のものだろうと私は思います。高度成長、バブル、等々、いつの時代も日本は、 コンサートホールを作るというハードウェアへの先行投資のみが優先され、それを使いこなすソフトウェアが全く 出来ていません。岡山県庁の後楽園でのイベントでは、これまで、たくさんのソフト面での試行錯誤があったと思いますが、 それを継続されていることは全く立派なことで、頭の下がる思いがいたしました。






振り返って、私の出身地であり、現在住んでいる香川県のこと等を考えますと、岡山県に比べ、確実に、芸術水準は ソフト面で10年以上遅れているようです。
私自身は東京在住期間が長く、香川県にUターンしてからは作曲活動のみを続け、ほとんど演奏活動もしていなかったので、 これまでは、あまり、出身地の香川県には何も期待していなかったのですが、
近くの岡山県がこれだけの中長期的なタームに立った文化的事業を展開し、その成果を確実なものにしていること を目の当たりにし、正直、恥ずかしく情けないなあ、と思っているところです。
少しずつでも改善の方向に向かうよう、香川県庁には期待したいところです。






それにしても、あの日の後楽園の野外特設ステージを取り巻いた静寂は素晴らしかったなあ・・・・・。今でも、 耳の底にはっきりと残っています。

なぜなら、音楽や朗読は、静寂の中で鳴り響いて、初めて、その存在が明らかになるものだからです。

こんな素晴らしい機会を下さった石井正弘岡山県知事と岡山県の皆様に心の底から感謝すると共に、あの時の静寂を一生 忘れずに、これからも、いい演奏や作曲を続けてゆきたいと思っています。

岡田克彦(2000.9.19.高松にて)









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