“癒し”の音楽が最近流行っているようですね。
この前、高松市の某レコード店にふらっと行ったところ、“癒し”をテーマにした、名前は忘れちゃったんだけど、
パシフィック何とか言うシリーズのCDコーナーがあって、そのスペースは、ジャズやクラシックのコーナーよりも広く、
お香付で販売されていて、若い人達を中心に大変な数が売れているのだそうで、びっくりしました。
試しに何枚か試聴してみたのだけど、お琴や尺八等の音素材を使って、何か、旋法らしきものを使った音楽だったので、
正直なところ、こんな音楽とお香で果たして人間は癒されるのだろうか、と多分な疑問を感じてしまいました。
ぼくの若い友人に聞いてみると「岡田さん、もう3年位前の発売開始当時、あのシリーズは爆発的に売れていて、
今頃になって気づくなんて、既に、時代遅れだよ。」と言われたので、二重にショックでした(笑)。
まあ、いつも作曲とピアノ演奏を趣味にして能天気に生きてる方だから(笑)、基本的に、CDの収集にはあまり興味もなく、
CDにおいても、クラシックの中でも、「古典」と「フランス近代音楽」を中心にいろいろなCDを買って聴いていたので、全く
気づかなかったのは仕方ないことなのです。
さて、前述の、“癒し”をテーマにしたシリーズの音楽なんだけど、旋法を完全に使いこなしているわけではなく、音配列の
一部が、旋法的な動きになっていただけなので、正直なところ、中途半端なものでした。そして、そんな音配列よりも、お琴や
尺八の音色の方が、表に強く出ていて、ただの音色に、若い人達は、“癒し”の時間をお香と一緒に得ているのだろうと思いました。
別に、それはそれでいいと思います。ただし、音色というものは、音の色付けに過ぎませんから、あの膨大なCDシリーズは
音楽ではなく、ただの音の集合体です。JASRACがこれを音楽だと判断して、著作権があるのでしょうから、困った時代に
なったものだと感じました。ただ、お香による嗅覚への効果は、音による聴覚への効果と同時に体験すれば、確かに一番効果が
あるので、若い人達が、家の中の自分の部屋で、この“癒し”のひと時を過ごすことはよいことです。
ただ、昭和32年に高松で生まれたぼくが一番癒されるのは、何と言っても、美しかった頃の備讃瀬戸内海の海の色(視覚)と、
祖父と一緒に沖釣りに行った時に小さなやかた舟に乗っていた時に揺れた時の波の波動(触覚)とその音(聴覚)、その時の
やかた舟の船頭さんが作ってくれた、瀬戸内海の海の水でお米を洗って、瀬戸内海の海の水で炊いてくれたごはんで作った
おにぎりの瀬戸内海の塩水の絶妙な塩加減の味(味覚)と、潮の香り(嗅覚)、ぼく達の乗ったやかた舟を追いかけて
来た、カモメの鳴き声(聴覚)なのです。また、カモメは、宇高連絡船の後ろも追いかけて来て
いたから、宇高連絡船の後ろ甲板で食べた、さぬきうどんの味(味覚)とカモメの鳴き声(聴覚)や宇高連絡船の阿波丸の
汽笛の音が低域のミ♭だったこと(聴覚)と、今でも不可分になっていたりします。こうした五感の総体体験で初めて人間は
癒されるのだと思います。
絶対音感があってよかったことと悪かったことがあるので、そんなものはどーでもいいんだけど、当時電蓄で聴いていた
SP盤のモーツァルトの「アイネクライネ」よりも今のCDで聴くモーツァルトの「アイネクライネ」の方が、ものすごく
音も残響もいいのはあたり前だし、TVだって、当時はまだ白黒だったから、東京オリンピック開催の頃から出た、カラー
テレビに変わって、絶対によかったんです。その後、VHSの日常品化も素晴らしかったし、21世紀になった今日では、
携帯電話もパソコンも生活必需品になって、液晶テレビその他まで含めるとものすごく便利になりました。
でも、前述のお香付の“癒し”をテーマにしたCDのような中途半端な音の集合体を体験する昨今の若い人達が、本当に“癒し”
を実感しているのだとしたら、文化的には、もうどうしようもない悲惨な時代になったと言わざるを得ません。
自分の住んでる部屋の中で、こんなCDを聴いて、お香を嗅ぐことで癒されることを否定してはいないけど、それならば、
外に出かけて、山なり川なり海へ行った方がいいのじゃないかと、ぼくは思うのです。
文明の発展の後を追いかけて、文化が成熟します。ウェブ万能になったことは、文明の発展に過ぎないことです。
この先、果たして文化が成熟するのかどうかは未知数です。
『記憶の底に沈む音』が、聴覚的には本当の“癒し”を醸出するのだと思います。
が、いつの日か、パソコン画面でインターネットを経験していたことが懐かしいノスタルジーの世界になるような時代が到来する
のでしょう。そうなったら、パソコンやテレビゲームから聞こえてくるMIDIなんかで作られた音が、今、ぼくが“癒し”を
感じている、カモメの鳴き声や瀬戸内海の波の音になるのかな、と思うと、正直なところ、ぼくは昭和32年に生まれてよかったな、
と感じています。
「文化って弱くて脆くて負けるものなんです。
でもそれでいいのじゃないかしら。」
・・・・・太宰治・・・・・・