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『高松高校の甲子園出場と
さぬき弁、さぬきうどんのこと』




昭和50年香川県立高松高校卒業OB  岡田克彦


(2005.3.26.ホームページ掲載のために 執筆)


BGM;一合まいた(高松の民謡)(エンドレス)





さっき、テレビで応援していた、 72年ぶりに春の甲子園に出場したぼくの母校の高松高校と宇部商業の試合が終わりました。

緒戦で負けてしまったけど、素晴らしい試合と応援で感動しました。

さすがは、高松高校、ぼくの母校だ、とたくさんの勇気をもらった試合でした。

まず、野球部部員全員、非常に頭がよく、感受性豊かな人達です。これまで、見た高校野球の TV中継で、こんなに頭の良さそうな選手は一度も見たことがありませんでした。素晴らしかった です。

次に、出場した、高松高校野球部全員、常に笑顔で野球の試合を楽しんでいたこと。 負けた時も、泣いていたけど、それは、初めての甲子園で緊張して、普段の力を出せなかった悔しさ によるものだったこと。勝った負けたっていうことよりも、自分達のプレーが普段どおりじゃなかった 、という、自分自身の闘い方の不十分さに対する反省や後悔のウェイトの方が高かったということが、 TVで見ていてもよくわかりました。もちろん、スポーツマンの彼等は、負けたことを素直に受け止めて 負けは負けだって言って、前述の、ぼくが感じたようなことは、絶対に口にしないだろうけど、ぼくは 前述のように感じてしまったんだから仕方ないんです。甲子園出場に慣れているチームのプレーとは 異質なさわやかさは、この、ぼくの感じた点にありました。応援していた人達は、全員、このさわやか さに参って感動したのです。それに、甲子園出場を人生のターニングポイントにしているような部員は 一人もいませんでした。「勝負は時の運」「人間万事塞翁が馬」なんだから、今度は勝つかもしれない よ、とぼくは彼等に言ってあげたかった。それは、「ぼくらは野球が大好きなんだ」「今日はベストを 尽くすよ」、っていう彼等の熱いメッセージが、そのプレーから伝わって来たからなのです。

こういう彼らの野球への取り組み方は、本当に、アマチュアとして素晴らしすぎる、参りました!

甲子園出場が決まって以来、高松高校同窓会の玉翠会(この会員のほとんどは、東京か関西に住んでいます。) や野球部OBが大騒ぎしていて、地元のTVのニュース番組に野球部員達が何回も出る度に、少なからず、 高松高校OBの期待の大きさのせいで緊張している様子を見ていましたが、実際の試合はそんなもの、 はね返してました。

お見事です! 彼等は本当に野球が好きなんです。素晴らしいことです。こんな素晴らしい後輩を持てて、 ぼくは幸せです。

そして、高松高校の応援席がいっぱいになることは、出場が決まって以来、高松高校同窓会の玉翠会や 野球部OBが大騒ぎだったのであらかじめ予想されていましたが、アマチュア作曲家のぼくがびっくり したのは、応援の吹奏楽団、特に、トランペットのレヴェルが、全国でもナンバーワンだったことです。 それもかなり平常心で普段どおり吹いていることがわかり、甲子園の応援のために急に練習したもので はなかったこと。たぶん、トランペット等を吹いている彼や彼女達は、本当に吹奏楽が好きなんです ね。これもまた、素晴らしいことです。

つい先日、同じ昭和50年高松高校卒業の同窓だった友人と電話で話した際、彼は、ぼくと一緒で、親の介護のため、 昭和50年高松高校卒業の友人達がバスをチャーターして甲子園へ応援に行くのに加われなかったのですが、 彼の息子2人が、現在、高松高校在学中なのに、2人とも、自分の通っている高松高校の甲子園出場に対して、 非常に醒めていること、オヤジ等の高松高校のOBが何でそんなに興奮しているのかわからない、と言われ、あまり 家では騒げない状況にあることを聞いて思わず爆笑していました。何故なら、彼もぼくも、高松高校在学中は、勉強も 趣味も、自分のやりたいことを好きにやっていて、高松高校には、独特の個人主義的な風土があったからで、その伝統 がずっと引継がれていることを確認出来たからなのです。

他の高校のことは知らないけれども、高松高校はずっとこんな雰囲気でいいんじゃないかなあ、とぼくは思いました。



高松は元々、災害と無縁の豊かな土地です。雨は少ないけど、香川県出身の弘法大師(空海)の発案による 溜池がいっぱいあって、大体の台風はよけてくれます。去年の高潮の被害等は、誰も予想外の出来事でした。もともとが 松平譜代大名の土地柄である上に明治維新後、大蔵省の決めた地方都道府県の人口50万人以下の県庁所在地市役所の財閥の 縄張りにおいて、高松市は三井グループの縄張りになったので、三井グループの風土とピッタリとフィットし、古くから 三越があります。また、高等裁判所が高松にあるので、四国の中心でもあり、JRの線路も、高速道路も、全て、高松を中心 に設計されています。大手企業の大部分はその四国支店を、全て、高松市に置いています。例外は、NTTとNHKの四国 本部が松山市にあることですが、NTT四国本社は松山に、NTTドコモ四国本社は高松にあり、NTTグループは別れて います。ただし、NTT四国はNTT西日本の支配下にあるので、四国電力本社とJR四国本社が高松にある限り、高松が 四国の中心である経済状態は変わりません。また、第二次世界大戦の空襲で高松は丸焼けになったのですが、建設省の決めた 戦後復興整備モデル都市に、静岡県の浜松市と共に、香川県の高松市が選ばれたので、中央通りを 中心にして、碁盤の目になった、高松市中心街が美しく作られました。

以上の要因により、良きにつけ、悪しきにつけ、高松はハングリーさも、その裏返しのヴァイタリティーも皆無の、大きな 消費都市です。

東京からの情報は、四国の高松に一番早く届き、それを四国全域に発信しないといけない場所なのですが、その期待にはあまり 応えていません。その代表が、高松のサンポートタワーがランドマークタワーだと思い込んでいる、高松市の上層階級の 一部の人達です。東京では、50階以上の建物が高層ビルなので、30階というのは非常に中途半端ですので、東京新宿の 高層ビル街を知っている人達においては、あれがランドマークタワーだと思っている人はあまりいないようです。 第一、30階しかないのに、中に入る企業が皆無だったので、香川県庁が東京海上火災等の大手優良企業に頼んで入ってもらい、 高松市内中心部の寿町近辺の中央通り沿いの大手の支店が並んでいたビル街は、サンポートタワー内への移転のために、歯抜け 状態になってしまっているのですから、お話になりません。

が、まあ、今だに、四国にはセブンイレブンが1店もなく、イトーヨーカドーにも見放されている地域なので、それはそれで いいんじゃないかな、と、親の介護のために四国へUターンして以来、11年近くたってしまったぼくは、この頃では、 サンボートタワーにもニューレオマワールドにもあんまり期待しなくなってて、「やっぱ高松は栗林公園だぜ。何しろ、 閉館時間が21世紀になった今も『日没』だなんて県立公園、どこにもないよ。すごいだろ。」なんて自慢を、東京の友人達に し始めている〔笑〕状況です。 30階建ての「サンポートタワー」のみすぼらしい外観が、すぐ向かいの「全日空ホテル高松」の美しい外観をダメにしてしまった ことを目にする度、ピアノや弦楽器をダメにする潮風の吹く海のそばの「サンポートタワー」の中に「高松市民会館」という コンサートホールを入れてしまった、クラシック音楽生演奏への造詣ゼロ以下の人達は、良くも悪くも全員、後述の、 曖昧でファジーなさぬき弁を象徴するさぬき人なのだから、「サンポートタワー」こそ、今の香川県の「ランドマークタワー」 だ、本州の文化人にバカにされるというのも、21世紀の「ランドマークタワー」のあり方だ、と、前向きに〔笑〕考えるように なりました。思えば、大学時代も含めて、東京に住んでいたのは20年間でしたから、その半分以上の時間が、Uターンした高松 で流れちゃったんだなあ。次第に、田舎のオッサンになってしまったことは、仕方ないことですね〔笑〕。



だけど、高松高校野球部や吹奏楽部の若い皆様が、趣味を大切に豊かな人生をスタートしていることが、今日の甲子園の TV中継を見てひしひしと伝わって来て、本当に嬉しかった。

考えてみると、今年は高松の年なのかもしれませんね。今年のNHKの大河ドラマは、「義経」ですから、その内、源平合戦の 那須与一の場面では、高松の屋島壇の浦が出てくるのはわかっていますから、高松高校の春の甲子園出場と並び、大変に 嬉しいことです。



だから、最後になったけど、甲子園の試合の終わった、高松高校の後輩の野球部員と応援にかけつけた生徒の皆様には、 既に高松に土着化したぼくは、次のような、コテコテのさぬき弁で声をかけてあげたいんだよな!

(もちろん、さぬき弁のところにアンダーラインを引いていて、下に、なんとなくクリスタル〔懐かしい題名だね。これを執筆 したヤッシーこと、田中長野県知事とは、大学時代に友人を介して偶然出会って面識があります。〕げな〔笑〕共通語での注釈等 を添付しています。)




「あの、がいげな(01)宇部商業相手にようやった (02)。」

「甲子園に応援に行けなんだ高松のみんな(03)は、 高高が甲子園出るいうとったけん(04)なんがでっきょんな(05)言うて (06)、みんなテレビで 見よったんでぇ(07)。」

ほんだけどのぅ(08)、宇部商業のピッチャーは あほげな(09)顔しとったけどほんまに頭も性根(しょうね)も 悪いのぅ(10)ほんまに(11) あの宇部商業のピッチャーはなんしょんなぁ(12)。ボール はキャッチャーに向かって投げないかんのに、バッターにばっかい(13) 向かって投げて、くそぼっこの(14)オゲハチ(15)の、じょんならん奴ちゃのぅ(16)。 高高のみんなはデッドボールが多ぅて痛かったやろけど、下手くそなんやけん(17) こらえてあげまいの(18)。」

ほんだけどのぅ(19)あんなようけ(20)デッドボールを高高の野球部員にぶつけたんやけん (21)、宇部商業は絶対に88ヶ寺のバチがあたって(22)、 優勝はせんでぇ。お大師さん(23)放っとくもんな (24)。」

「高高野球部のみんなが楽っしげに野球しょったかしこげな(25) 顔も吹奏楽団の応援も、まんでがん(26)よかった言うて、 高松のみんなは喜んどんでぇ。」

「それにのぅ、宇部商業の野球部員は、アイボリーなんか、コンクリート工場の煙突の煙で汚れとんのかよう わからん、ぞろーげな(27)ユニフォーム着とったけど、 高高のまっつくついの(28)真っ白なユニフォームの生地は うまーげで(29)良かったでぇ。あれはみーっつこし (30)か、えるめす(31) か、じおーる(32)、で作ったんやろぅのう、いうてみんな 丸亀町の中国銀行の四つ角では言よるんで(33)。」

「みんな若うて賢いんやろけど、お腹すいたやろぅし疲れたやろぅ。」

はよぅ(34)、高松帰って来まい(35)ほんで(36)、うどん屋で 『ぶっかけ大(だい)いたぁー(37)。』言うて 食べまいよ(38)。」

『はなまる』(39)は安いけどいかんで(40)。高高の近所で歩いて行けるんやったら、『アズマヤ』(41)『源芳』(42)兵庫町(43)『さぬき麺業本店』(44)『うどん市場』(45)ええで(46)。」

自転車で(47)ちょっと高松市内の郊外まで行けるんなら 『まるいち』(48)、浜街道まで行けるんならJR四国がやっりょる (49)『めりけんや』(50) の方がええで。ほんだけど、『めりけんや』は椅子が狭いけん(51) いかんやろの(52)。」

「高松の『かな泉』(53)『川福』(54)古いけど(55)『かな泉』は 旅行代理店と組んどるけん(56)銭(ぜに)がようけいるけんいかんで (57)。ほんだけどのぅ、うどんすきだけは『かな泉』と『川福』は高いけど ええけん(58)、高高野球部のOBに連れて行ってもろうたらええで。」

「けどのう、段々、温(ぬく)うなってきょるけん(59)、とりあえずは、 やっぱい(60)生醤油(大) (61)ぶっかけ(大)(62)ええやろの(63)。ほんだけん、高松でええとこは『さぬき麺業』やの (64)社長がしゃんしゃんしとるけん(65)兵庫町の本店(66)でも、『ゆめタウン』の中(67) でも、『高松空港』の中(68)でも全部ええで (69)。」

「ほんだけどのぅ、高松でなしに、西の方におるんなら(70)『中村』でも『山越』でも、「おそるべきさぬきうどん」に出とる安うてええとこ(71) いっぱいあるんで。(72)で行かないかん ものっそ、いなーっか(73)やけん、親に連れて行ってもらいまいの。」

高高では勉強も出来なふうが悪いんやろけどのぅ(74)、まぁの、 しばらくは、屋島の第一健康ランド(75)に親と一緒に行って、 ぼーーーっとのんびりしまあせ(76)。」

ほんだけどのぅ(77)、高松帰って来たら、高高野球部のみんなは テレビに出てしもうたけん(78)、もうヒーローになって しもうとんでぇ(79)。」

丸亀町(80)古馬場(81) 歩く時は気ぃつけとかんといかんでぇ(82)。」

夏の甲子園目指す言よったけどのぉ(83)がんばりまいよ(84)みんなの悪口言よる人がおったら(85)『ほーなー』『ほーなー』言うとったらえんじゃー (86)。高高野球部の悪口言よったら、わしら(87)OBがこらえんけん(88) 、安心して練習しまーせ(89)。」〔爆〕




※ なんとなくクリスタルげな〔笑〕さぬき弁の注釈等


(01) がいげな=(ここでは)強そうな(「がいな」は「強い」「仕事が出来る」「気が強い」等、いろいろな 意味で使われます。「・・・げな」は「・・・そうな」という意味のさぬき弁の慣用句です。「あほげな」(09) の所で説明します。)


(02) ようやった=よく頑張りました。


(03) 行けなんだ高松のみんな=行けなかった高松の皆様


(04) 高高が甲子園出るいうとったけん=高高が甲子園に出場するという噂を聞いたので


(05) なんがでっきょんな=(ここでは)どんな試合が行なわれるのだろう、の意味です。(普通は「何が出来ているの」と いう意味の、出会った人への問いかけで使われるさぬき弁で、大阪の「もうかりまっか」に相当する慣用句で「こんにちわ」 「ごめんください」という意味で使われています。県外からいらっしゃった方には絶対に意味不明なさぬき弁ですね。)


(06) 言うて=というもっぱらの噂で、(さぬき弁では、「言う」は「噂が立つ」「噂を立てる」という意味で使われることが 多いです。)


(07) 見よったんでぇ=見ていたのですよ。


(08) ほんだけどのぅ=だけどねぇ


(09) あほげな=あほみたいな(「あほ」は大阪弁と同じ意味です。が、・・・げなは、京都的な、断定しない、 曖昧な感想を言う時に使われるさぬき弁独特の言い回しです。また、「げな」の前の・・・にはいろんな形容詞が 入ります。「うまーげな」は、その中で一番よく使われていて「美味しそうな」「カッコよさそうな」 「似合っているような」「美しそうな」「上手そうな」等、いろんな意味があります。また、・・・げなの 「げな」の曖昧さは、大体70%が肯定で30%が否定の意味ですので、京都ほど正反対の意味ではないのですが、 その場で感じた感想を高松では「・・・げな」という形容詞で言って、とりあえず、曖昧にその場を終わらせて、 丸くおさめようという言葉です。
〔県外の皆様は、高松の友人にもし、「うまーげなネクタイ締めとるの」と言われたら、70%は似合っているけど 30%は似合っていないという意味ですが、それは、その場限りのことなので、絶対に喜んではいけません。 何故なら、高松の人は暇なので陰口好きで、陰口において、あなたのいない所では、このパーセンテージが逆転 していることは間違いないからなのです。しかも、この「・・・げな」、は高松の若い人達も常用していますので、 注意して下さいね。〕
〔特に、この「・・・げな」を使った言い回しで「あんたのお子さん、可愛いげなの。」という言い方ほど失礼なもの はありません。「可愛いですね。」と言えばいいのに「可愛いげな」を使うと感想が曖昧な上、陰口では 感想が逆転しているかもしれないからです。〕
〔このような曖昧な表現を多用する「・・・げな」という方言と後述の「ほーなー、ほーなー」という聞き流す方言(86) ゆえに、全国ベースにおいて、高松市は、京都市の次に、営業の難しい(つまり、相手の本音がわからない)土地だ と言われています。〕
・・・・・・いずれにせよ、「・・・げな」(09)「ほーなー、ほーなー」(86)というさぬき弁は高松市内から 抹殺した方が地域発展に寄与するとぼくは思っています。


(10) ほんまに頭も性根(しょうね)も悪いのぅ=本当に、頭も悪く、意地悪ですね。(さぬき弁では、意地悪な、 という意味で、性根〔しょうね〕が悪い、という言葉をよく使います。)


(11) ほんまに=本当に


(12) なんしょんなぁ=何をしているんだ。(さぬき弁の慣用句です。)


(13) ばっかい=ばっかり


(14) くそぼっこ=本当にアホな(ここでは、強調する『くそ』がついているので『ぼっこ』と濁っていますが、『ほっこ』は 「阿呆」という意味のさぬき弁で、「アホな人」のことをさぬき弁では『ほっこまい』と言います。)


(15) オゲハチ=だだっ子、悪い子(香川県の東〔東讃地区〕の一部に残っていますが、高松市内では今は使われていない古い さぬき弁です。「オゲる」はだだをこねる、という意味で、「ハチ」は子供の意味です。)


(16) じょんならん奴ちゃのぅ=手に負えない奴だなあ。


(17) 下手くそなんやけん=(ピッチングが)下手なんだから、(「・・・くそ」は、さぬき弁では言葉の勢いでついてしまう ことが多いので、そんなに徹底的に相手を叩きのめす意味はありません。また、「・・・やけん」は岡山の方言に近い言葉で、 「・・・なので」の意味で、これもよく使われます。)


(18) こらえてあげまいの=我慢して許してあげなさいね。(この中の「・・・まい」あるいは「・・・しまい」という語尾に つく「・・・まい」は命令文です。が、さぬき弁には京都弁の「・・・はりますか」等の語尾につけるだけの便利な敬語が全く ないので、使う相手によって使い分けている状態です。が、基本的にさぬき弁は「友達言葉」ですので、目上の人には 「・・・まい」は絶対に使いません。目上の人に同じことを言う場合は、「・・・まい」は香川県の東〔東讃地区〕では、尊敬語 の「・・・てぇた」に、香川県の西〔西讃地区〕では、尊敬語の「・・・つかー」〔いずれも、「・・・して下さい」の意味 です。〕に変わります。「こらえてあげまいの」をさぬき弁の尊敬語に変えると香川県の東〔東讃地区〕では 「こらえてあげてぇた」、香川県の西〔西讃地区〕では「こらえてあげてつかー」となります。)


(19) ほんだけどのぅ=だけどねぇ、そうなんだけどねぇ、の意味(ここのさぬき弁独特の言い回しは「・・・のぅ」 です。高松市内は香川県の東〔東讃地区〕なので「・・・のぅ」と言いますが、これが、香川県の西〔西讃地区〕になると 「・・・なぁ」となります。「ほんだけど」は、「本当はそうなんだけど」の短縮形で、この中の「本」と「だけど」を繋いだ 短縮言葉です。さぬき弁の短縮形については「ぶっかけ大(だい)いたぁー」(37)のところで説明します。)


(20) あんなようけ=あんなにたくさん


(21) ぶつけたんやけん=ぶつけたのだから


(22) 88ヶ寺のバチがあたって=四国88ヶ寺(※01)の祈祷による呪いにたたられて、(「バチがあたる」は、たたりがある、 という意味です。が、ここの文脈は、80歳以上の高齢の高松高校の前身の高松中学や県女出身の皆様ならそう思っているかもしれ ない程度の全くのハッタリです。第一、高松市内のほとんどの家の宗派は、鎌倉仏教の親鸞聖人の始めたあの世の極楽浄土を祈る 「浄土真宗」〔興正寺派、東本願寺派、西本願寺派〕で、四国88ヶ寺(※01)の宗派の平安仏教の真言宗とは全く別なのですから 〔笑〕。)


※01 四国88ヶ寺・・・・・香川県善通寺市出身の弘法大師〔空海〕の建立した四国88ヶ寺は、現世利益〔げんぜりやく〕を旨 とする平安仏教の真言宗のお寺ですが、今は、後述のさぬきうどんと共に、全国から香川県が注目を集めている所です。元々、 真言宗では、死んだ後のことは考えてなくて、生きているうちの利益〔現世利益〕を祈るところです。だからこそ、厄落としや 無病息災のために、全国から88ヶ寺参りのお客様が四国にいらっしゃるのです。

ただし、密教の真言宗では現世利益と共に、敵を呪い殺す祈祷も出来ます。しかし、香川県の中でも、高松市と弘法大師(空海) の出身地の善通寺市は同じ香川県内ですが、基本的に無関係で、空海を展示している高松市内の「歴史博物館」も、ごく最近作ら れました。また、高松市の東にある志度町もさぬき市になった頃から、出身者の平賀源内をPRするようになりましたが、後述の ように、香川県の県庁所在地の高松市にとっては、善通寺市も志度町も、「ものっそ、いなーっか」(73)なので、高松市内出 身の菊池寛以外の香川県内出身の偉人をPRすることはありませんでした。坂本竜馬を県単位でのPRに使っている高知県等に比 べて香川県はPRが下手なので、「レオマワールド」も失敗しましたし、今では、源平合戦の古戦場の壇の浦のある屋島(やしま) よりも、産業廃棄物で有名になってしまった豊島(てしま)の方が、香川県を代表する名所になってしまっていて実に情けない ことです。

ちなみに、四国88ヶ寺にもいろいろありますが、ぼくがここでイメージしているのは、香川県の五色台の山奥にあって、最近、 一泊で行われる子供達の自然体験教室の開催場所になっている「五色台山の家」から近く、子供達の深夜の度胸試しの場所 になっていることで有名な、82番札所の根香寺(ねごろじ)〔本当に鬱蒼とした山奥の森の中にあり、参道の階段の上り下りが あって不気味で、昼間行っても、根香寺の伝説に伝わる牛鬼(うしおに)に祟られるんじゃないかと感じるようなお寺です。〕 と、もう一つは、真言宗総本山75番札所善通寺の裏の香色山(こうしきざん)の上にある73番札所の出釈迦寺(しゅっしゃかじ) です。

この出釈迦寺という名称にもきちんといわれがあって、この出釈迦寺のある香色山の形はいびつに凹んでいるのですが、凹んでい る所は、この山の山頂から空海がお釈迦様にお祈りしながら飛び降りて落ちた所だそうですが、その際、お釈迦様の手が出て来て 転落していた空海を助け、空海は事無きを得たという伝説があります。(つくり話に決まっていますが、頭脳明晰な空海の伝説 ですから、醜悪で愚鈍な麻原影晃の空中浮遊なんかと同一視されることはあり得ませんね〔爆〕。)
そして、香色山の凹んでいるところが、転落しそうになった空海をお釈迦様の手が出て来て助けた場所なのだそうで、ここに出釈 迦寺があります。つまり、お釈迦様が出て来たお寺なのです。

出釈迦寺は、88ヶ寺の中でも、一番、記憶力増進、学業 成就、物忘れ防止に効くそうですので、文系の大学受験を控えた四国在住の高校生と、痴呆症防止のためにご年配の皆様がお参り に行くことが多いお寺です。

大学受験合格にあたって、出釈迦寺のお釈迦様や空海と、大宰府天満宮の菅原道真のどちらがよく効くのかわかり ませんので、景気低迷の昨今ですから、対費用効果〔笑〕から、交通費のかからない近い方に行かれてもよいのですが、 お寺と神社は全く別ですので、両方ともお参りに行かれると完璧でしょう〔笑〕。
神社とお寺のお守りが競合するといけないという人達もいるみたいですが、ぼくは自分の車には、友人からプレゼント された、善通寺と田村神社の交通安全のお守りを2つともぶら下げていますけど、大丈夫なようですよ〔笑〕。


(23) お大師さん=弘法大師(空海)


(24) 放っとくもんな=(空海が)あの世から放っておくはずがありません、あの世から(宇部商業が)優勝しない祈祷をして 下さるに違いありません、の意味


(25) 楽っしげに野球しょったかしこげな=楽しそうに、野球をしていた、頭が良さそうな(ここも「・・・げな」が多用されて いますが、中には楽しくない人、頭の良くない人もいたかもしれないけれども、そんなことを考えずに「・・・げな」を使う こともあります。このあたりの微妙な加減はさぬき人同士でないとわからないことが多いようです。)


(26) まんでがん=全部、全て(いよいよ生粋のさぬき弁が出てきましたね。でも、これは、現在40歳以上の人達しか使わない ので、もしかしたら、現在の高松高校の野球部の人達もお父様やお祖父様に聞かないとわからないでしょう。)この「・・・がん」 というのは「・・・分」という意味で、「まんで」は「全部」の意味です。高松の年配の商売人の方はお客様に「なんぼがんいるんな。」 とたずねますが、これは、「いくつほど(その商品が)必要なのですか」という意味です。例えば、八百屋さんで新豆を買うときの 対話はさぬき弁では次のようになります。

お客様「新豆いたぁー。」(新豆を下さい、の意味)
お店の人「なんぼがんいるんな。」(何袋ほど〔あるいは、何円分〕ご入用ですか、の意味)
・・・・・この「なんぼ」はいくつ〔あるいは、何円〕という意味、「がん」は分という意味なのですが、「がん」が強く聞こえ ますので、県外からいらっしゃった方がいきなりこれを聞くと、「いくつ拳銃がいるのですか」という意味に誤解されることが あったりします(笑)。

「がん」同様、下記の2つの高松市内の町名は、県外の人達には怖がられることがありますが、高松は平和でのんびりした町で、 そんなに怖いところじゃありません(笑)。

・番町(ばんちょう)・・・・・ここは、江戸時代は武家屋敷町だったところで、以前は、高松城に近い北側から順に、 一番町から九番町までありました。当然一番町の方が位の高い武士が住んでいました。が、町名変更のため、 番町となり、現在、番町一丁目から五丁目まである、高松市の最高級住宅地です。知事公舎や日銀や大手企業の支店長宅は、 大体、番町にあります。が、県外の皆様は「番町」が「番長」に聞こえるようです(笑)。
・郷東町(ごうとうちょう)・・・・・ここも、高松市西部の由緒正しい古い町名です。が、高松市内の人達は大体、郷東町と は言わずに郷東と呼んでいますので、県外の皆様は「郷東」が「強盗」に聞こえ、何て恐ろしい地名だろうと思われているよう です(笑)。郷東町は、下記のような会話の中でさぬきの人がさぬき弁の中でしゃべるのを県外の人が聞くと、怖がられるよう です(笑)。

「きにょう(昨日のことをさぬき弁では『きにょう』と言います。)郷東いったんじゃぁー。」(昨日、郷東町に〔遊びに〕 行ったのですよ、という意味)
が、これを「いった」の「っ」が限りなく聞こえないさぬき弁丸出しのイントネーションで言われると、県外の人達は、 「昨日、強盗が家に入ったんだ。」と理解されて大騒ぎになることがあります。さぬき弁の「いった」は「行った」のか「居る」 のか「入った」のか、区別がよくわからないのです。後述の、※12のAのように、「風呂にいる」も同様、「風呂に入る」 の意味なのですが、県外の人達には「風呂に居る(滞在する)」と理解されてしまうのです。


(27) ぞろーげな=不潔そうな


(28) まっつくついの=全く同じの(これも生粋のさぬき弁です。『つい』は「対」で、「同じ」の意味です。そして、『つい』 の比較級が『まっつい』、最上級が『まっつくつい』です。ユニフォームが全く同じなのはあたり前なんだけど、さぬき弁 では、わざわざこのように言って、文脈の調子を弾ませたりします。)


(29) うまーげで=カッコ良さそうで、(ぼくは実にカッコいいと感じたのですが、カッコよくないと思った人もいたかもし れないので、「・・・げな」を使っています。)


(30) みーっつこし=三越高松店のこと、高松の中高年以上の人達にとっては、一番大切なデパートです。というか、長い期間 に渡って、高松にはデパートは三越しかなかったのです。現在は、もう一軒、天満屋高松店という岡山のデパートがコトデン瓦町 駅の上にあります。が、岡山の人達には大変失礼なのですが、高松には高等裁判所があって四国の中心なので、高等裁判所が広島 から岡山に移転して、岡山が中国地方の中心にならない限り、岡山出身の天満屋高松店の集客力が東京出身の三越高松店の 集客力を上回ることはあり得ません。新幹線が四国に来ても来なくても、高松市内に住んでいる人達の「高松は四国の中心で、 高松には、霞ヶ関のほとんど全ての四国出先機関があるので、お歳暮とお中元は東京出身の三越でないといけない。」という意識 は「外様大名の岡山市と天領の倉敷市は合併しない。」という意識と同じ位、強固だろうと思います。


※02 三越高松店について・・・・・三越高松店は1931年に開店していますので、第二次世界大戦を挟んで70年を超える歴史が あります。70年以上もの期間、毎年のお歳暮とお中元を押さえて来た三越高松店に、天満屋高松店が勝つことはほとんど不可能 でしょう。

『毎日勉強』している天満屋の若い伊原木隆太社長の意気は大いに買いますが、高松はグローバルスタンダードにはなれません。 高松の姉妹都市のフロリダのセントピータースバーグは伊原木隆太社長が勉強されたスタンフォードほどグローバルスタンダード じゃないし、第一、天満屋高松店のある瓦町をターミナル駅にしている、全国の地方の私鉄では一番お粗末なコトデン(※03)や、 地下駐車場を運営している、全国の市町村において、退職金支給額がNo.1の高松市役所は、どちらも「わしが高松の大将や」 (さぬき弁で、自分が高松のリーダーだ、という意味)、「高松はわしのもんじゃ」(さぬき弁で、本来は、高松は自分の持ち物 だ、という意味ですが、さすがに21世紀になったので、高松は自分の支配下にある、という程度のいくぶん謙虚な〔笑〕意味に 変換されているようです。)と思い、ふんぞり返っている、高松の中でも、一番グローバルスタンダードと対極の考え方の人達の 多い集合体ですから、あの場所は極めて環境がよくないです。

伊原木隆太社長にとっては最悪だろう〔笑〕と、コトデン瓦町駅の隣にあった、祖父の経営していた『丸天旅館』で生まれた ぼくは感じていて、とても可哀想になります。

また、大阪出身の母の話によると、第二次世界大戦前に初めて高松に来た当時、高松の人達は、「みーっつこしのエベレーター乗 りに行くでぇ。」と言って、三越高松店に、ゾロッゾロッ〔笑〕と大阪に比べて随分ゆっくりとした歩調で出かけて行っていたの だそうです。

当時から、高松では三越を「みーっつこし」と変に伸ばした発音で呼んでいたそうですが、一番可笑しかったのは、高松の 人達が、「エレベーター」と発音出来ず、「エベレーター」と言っていたことと、「エベレーター」に乗ることが、三越高松店 に行く大切な目的になっていたことだそうです。

また、三越高松店開店の際、三越が高松在住の皆様に「三越」という名前を染めた「日本てぬぐい」をご挨拶として配ったのだ そうですが、高松の皆様はこれを大切にして床の間に飾っていたそうですので、「三越高松店」は「弘法大師(空海)」と同じ 位、高松の皆様には崇められていたようです。

あたり前のことですが、当時の高松在住のほとんどの人達においては、デパートとは「三越」のことで、大阪心斎橋の「大丸」 「そごう」、東京日本橋の「高島屋」、新宿の「伊勢丹」等のデパートが本州にあるなんて夢にも思わなかったのです。

また、宇高連絡船紫雲丸が沈没して多くの小学校の修学旅行生徒達が亡くなったため、香川県教育委員会では、小学校の修学旅行 では本州に渡ることをしばらくの間禁止していましたから、長い期間に渡って、四国は本州から隔絶されていました。

実際、ぼくが小さかった頃、時々祖父と一緒にうちの旅館に宿泊したお客様をお見送りに築港(ちっこう)(※04)の宇高連絡船 乗り場までお見送りに行った時、『蛍の光』が最大のボリュームでワンワン流れる中、「ボーッ」という低域のE♭かD♭の汽笛 の大きな音がして、宇高連絡船に乗ったお客様に向かってお見送りの人達が投げる色とりどりのテープの量のものすごかったこと は、今でもはっきり覚えています。南極に向かう船の乗務員に向かって投げられるテープの量よりもはるかに多かったと思います。

たった1時間位で岡山の宇野に着くのですから、大した船旅じゃなかったのですが、高松の人達にとっては、本州に渡ることは実に すごいことだったので、あんなにたくさんのテープが投げられていたのでしょう。

あの色とりどりのテープの膨大な量が、高松の人達の三越高松店への思い入れと正比例しているようにぼくは思います。三越高松 店で働いていた皆様は、高松に住んでいたので、このあたりの、宇高連絡船に乗ったお客様に向かってお見送りの人達が投げる色 とりどりのテープの量のものすごかったことも、昔からの高松在住の皆様と同時体験していたのですからあたり前のことです。

瀬戸大橋が宇多津に架かっても、高松旧市内の人達にとって、宇多津は、坂出市と丸亀市の中間にある、綾歌郡の飛び地の、 かつて「たんぼのまん中」「塩田のまん中」だった、もともと外様大名の土地だった「ものっそ、いなーっか」(73)なので、 四国への流通や観光客が宇多津を経由して、高松が見放されていても、危機感等全くありません。

三越高松店は、このような長い歴史において、本当に高松在住の人達にとっては唯一の大切なデパートでしたから、現在の天満屋 高松店の場所に、既に倒産した「コトデンそごう」という二軒目のデパートが初めて高松に出来る前は、サービスが今よりも随分 悪かったのだそうですが、その絶対的優位性は、一朝一夕に崩れるものではありません。

現在、高松の人達の大半にとって、天満屋高松店の存在は、三越高松店の現状の高いサービスをキープするためには あった方がいいね、という程度で、三越高松店が閉店する時は、高松市が滅ぶ時だろうとぼくは思っています〔笑〕。

が、天満屋がいつか岡山に引揚げたら天満屋の跡地は四国電力(※05)が買収して、三越高松店の別館と、高島屋、阪急、阪神、近 鉄、伊勢丹、京王、小田急等のデパートのアンテナショップの雑居ビルにして、その時こそ、高軌道のコトデンは、南海、阪急、 阪神、近鉄、京王、小田急等の指名競争入札にして、東京、大阪の私鉄のどれかに売却して香川県からコトデンを抹殺すればよい でしょう。バスもこれらの私鉄が運営すれば、高松市内は活性化しますし、その頃には、コトデンが懐かしいという人達は極楽に 行かれていますから、ビルの所有者の四国電力がこのあたりの指名競争入札も担当して、地下駐車場は四国電力が高松市役所から 買収して無料で提供すればよいと思います。

このようにして、香川県庁も高松市役所も政治家共々、瓦町から追い出せば、少しは、香川県庁は高知県庁を、高松市役所 は善通寺市役所を見習うようになって、香川県民も高松市民も快適に過ごせるようになることは間違いありません〔笑〕。

電気自由化が進捗している、その頃の四国電力は、ここのお世話をすることで、県内の大半の人達を、他の電力供給会社から 守れるので、協力してくれるはずですし、その頃になれば、電気が自由化されていますから、コトデンの役員との『親戚ばし』 (※12-Eをご参照下さい。)関係なんかを気にしている状況ではなくなっているはずです。

ただし、NTT四国はNTT西日本(大阪)の支配下にありますので、高松市内に本社のある民間企業の四国電力に協力して もらうならば、NTT四国とNTTドコモ四国には絶対に協力させないということが、最低必須の礼節にはなりますけど・・・ ・・。

もちろん、四国電力がやりたくないのならば、現在、高松のJRA(中央競馬会)を運営している、大阪の阪急ビル管理とか、 まだ、本格的なホテル部門が高松に来ていないJAL(日本航空)がやっても一向に構わないのです。

・・・・・この程度のことは、香川県知事も高松市長も既にお考えになっていらっしゃることだろうし、この程度の先が読めない ようでは地方公共団体の長としてはお話にならないと、高松高校の生意気な後輩のぼくは思っています〔笑〕。


※03 コトデン・・・・・高松琴平電気鉄道のニックネームです。四国では、愛媛県の伊予鉄、高知県の土佐電鉄、香川県の高松 琴平電気鉄道の3社が私鉄大手(と言っても、本州各地から見れば大したことない私鉄です。その他の地場私鉄は省きます。) です。が、高知の土佐電鉄が上場しているのに、コトデンは全くその気配はありません。踏み切りが多くて、高松市内の渋滞の 原因になっています。

コトデンの初代社長は立派な人格者で、阪急電鉄の初代社長とも交流があったので、線路は、阪急と同じ「高軌道」 にしていましたので、これが初代社長の残した最大の素晴らしい遺産でした。「高軌道」の線路は、阪急、近鉄、 京王、小田急等の、東京、大阪の大手私鉄と全く同じ設備で、大手私鉄各社の電車がいつでも走れるので、 このことだけで、イザという時には、いつでも、大手私鉄各社に、コトデンの電車部門を買収してもらえる という素晴らしいメリットがあったのです。

が、既に他界したコトデンの2代目のボンボンが、コトデンそごうが倒産した時に、東京、大阪の大手私鉄がデパート やバス部門も含めて全て買収に来た時に、「コトデンがなくなったら、高松市内住民が寂しくなるから」等という、 グローバルスタンダードと対極の訳のわからない屁理屈をコジつけて全て追い返したのがいけなかったのです。

このあたりのいきさつ、その際の日本国内の全私鉄が持ってきた素晴らしい高松市活性化の提案内容もぼくは熟知 していますが、ここでは長くなるので省きますね。 ぼく宛のメールでご質問下さい。

現在は、瓦町駅をターミナルにして、琴平線、志度線、長尾線と三本の線がありますが、初代社長の頃は、現在、 香川県内の唯一の温泉の塩江温泉まで行く塩江線がありましたが、これも2代目が廃線にしてしまいました。

もし、塩江線があったなら、現在の高松空港を経由した、素晴らしいエアポート電車になれていたはずなので、 これも、先の読めなかった、コトデンの2代目がいけなかったのです。

また、コトデンの2代目は、タイムテーブルも改悪し、沿線の住宅地の再開発もしなかったので、通勤電車にはなれ なくしてしまいました。

そして、コトデンの2代目は全国の私鉄で敗車になった車輌をただ同然で集めて改修して繋いで使い、レトロを 売りにすることにしました。が、レトロは主観的な好みの領域にありますが、ゴミは みんなでリサイクル等の処分方法を考えないといけない普遍的な問題ですから、レトロとゴミは全く別物です。 しかも、いろんな私鉄の敗車を繋いで走ることを始めてしまいました。

ですから、極論ですが、これは、全国の私鉄のゴミが繋がって 走っているような状況をコトデンの2代目が始めたので、あたり前ですが、高松市内の景観が悪くなりました。

さらに、コトデンの2代目は踏み切りをなくして高架にすることを拒否して 「コトデンの線路の上は踏み切りも含めて、全部、わしのもんじゃ(自分の持ち物だ、という意味のさぬき弁)」 と思っていました。ですから、高架にしようとプランニングをしていた香川県庁の担当者の動きを察知した際には、 大変に立腹して、「コトデンの線路は、全部わしの持ち物じゃ。」「これを高架にするようなプランは言語道断。」 「コトデンの線路を高架にするような計画を立てたことについて、責任者の県知事が、わしの自宅に謝りに来ないのなら、 高松市内の全てのコトデンの踏み切りを『通せんぼ』(とうせんぼ)にしてやる。」等というガキ大将の喧嘩のような 言いがかりをつけて、当時の平井香川県知事を自宅に呼びつけて、土下座してお詫びさせたそうです。 ですから、平井県知事が退職後間もなく早死にしてしまった責任の大半も、平井県知事を土下座させた コトデンの2代目にあるのだそうで、全くもって、呆れ果てた人物だったのです。

・・・・・こうしたことから、今日では「コトデンが高松の活性化を阻止している」という言い分は、高松市内の衆目の 一致するところになってしまいました。

その後、日産自動車販売の真鍋氏が、コトデンの2代目の死後、3代目の社長に就任されましたが、高松市内の誰一人として 「お手並み拝見」なんて思っていなくて、「真鍋さんは本当に可哀想だ。」と思っています。

・・・・・・そして、最後に、コトデンの2代目が、お亡くなりになったのは、コトデンそごうが倒産し、全てが失敗し、 買収に来た、全国の大手私鉄を追い返した後でした。あと一年でも早くお亡くなりになっていれば、現状のような悲惨な 状況にはならなかったのです。

また、こうした状況を、当時、高松市内の、RNC、四国新聞社、KSB等のマスコミ人が知っていたことは間違いないこと なのです。でも、報道しなかったということについて、高松市内のマスコミは、反省しているのでしょうか? 大体、 豊島の産業廃棄物問題を、一番最初に取材、報道したのは、岡山の山陽放送でしたから、高松市内のマスコミ人は全員、 さぬきうどんを食べ過ぎて、たんぱく質の摂取が不足したため、脳細胞が劣化し、アンテナが低くなっているとしか、 ぼくは思えないのですよ〔爆〕。

以上述べた、コトデン2代目の件は、人間引き際を間違えると、このような悲惨な結果になるという、 最も典型的な例です。若い皆様は、こうした悲しい歴史をくり返さない様、このコトデンの2代目を 反面教師として、潔い引き際をわきまえた素晴らしい人生を歩んでいただきたいと、 ぼくは願っております。


※04 築港・・・・・ちっこう、船着場のある高松駅のこと。これを築港と呼ぶこともありますが、コトデンの 終着駅も高松駅とは言わずに築港〔ちっこう〕となっています。

が、例えば、大阪の、大阪駅と梅田という2種類の呼び方の、梅田ほど、築港は定着していないので、県外の 皆様は、高松駅と呼べばよいのです。

タクシーに乗った際、「高松駅までお願いします。」と言う人は県外か県外出身の人、「築港までお願いします。 」と言う人は土着のコテコテの高松人なのだそうです〔笑〕。


※05 四国電力・・・・・ご高承の通り、四国四県に本社のある民間企業として、ナンバー1企業です。が、 この四国電力、及び、四国電力グループ会社を形成する役員、従業員の皆様の文化水準が地場民間企業で最も高いことの方がはる かにすごいことだとぼくは思っています。この四国電力、及び、四国電力グループ会社を形成する皆様の文化水準は、霞ヶ関の 外務省とほぼ同格で、高松にたくさんある大手企業の支店のヘッドは、どの方も、四国に島流し〔笑〕された皆様なので、四国 電力の皆様の文化水準になど、とてもとても遠く及びません。実際、「ニーチェ」「松江藩7代藩主・松平不味公(ぶまい こう)」「リルケ」「清少納言の晩年の和歌」「ホーフマンスタール」「お能」「スクリャービンやビビアンリーの晩年の境地」 等、ぼくにとっては、今日の天気やTOPIXと同じ位、ごく普通の一般教養の文化的なお話を共有出来る方がいらっしゃるのが、 現状、「四国電力」と「四国電力グループ」だけなのですから、仕方ありません〔笑〕。

東京の友人の話では、高松にある霞ヶ関の四国の出先機関の内、金融庁だけは文化水準が高いそうなのですが、以前に東京で 『住友信託銀行』で勤務していた当時、マルサの査察の際、嫌な思いをしたことがあって、金融庁はぼくが個人的に好きじゃ ないのです。

だから、確定申告の際、高松税務署に行く時以外は、あんまり接点は持ちたくないし、高松税務署が中央通りの目抜き通り沿いに あることも気に入らず、高松税務署は、以前、山賊が住んでいたらしい栗林公園の裏の峰山(みねやま)(73)のてっぺんか、高松 市営墓地のある婆ヶ池(ばあがいけ、と読みます。なかなか渋い地名ですね〔笑〕。)あたりに引っ越していただいた方が高松市 内の景観はよくなるように思っています〔笑〕。(高松税務署勤務の皆様ゴメンナサイ。)


(31) えるめす=エルメスのこと。高高のある高松の高級住宅地の番町在住の中高年以上の奥様は大体エルメスのスカーフ を、エルメスのスカーフであることが明確になるような締め方で締めて歩いています。ファッションの問題ではなく、高価な ものを身につけることで見栄を満たすためですので、柄や似合っているか等はどうでもよくて、エルメスであることが見える ことが一番大切なことのようです〔笑〕。


(32) じおーる=クリスチャンディオールのこと。高高のある高松の高級住宅地の番町在住の中高年以上の奥様は大体 クリスチャンディオールの下着を愛用しています。これも、エルメスのスカーフ同様、高価なものを身につけることで見栄を 満たすためです。これは、エルメスのスカーフのように外からはわかりませんが、番町在住夫人の集まる、裏千家、表千家 不白流、閑休庵等のお茶会の出席資格においては、普段からディオールの下着を身につけていることが、最低必須条件に なっているようです〔笑〕。高松ではどの流派のお茶会も非常に閉鎖的で、出席資格が必須です。千利休の言う『一期一会』 とは全く180度逆の状況ですが、お点前をする人の着物、帯、ふくさ、お道具の値段やお水屋見舞いの金額のみが興味の対象と なっています。茶道上由々しき問題なのでしょうけど、ぼくなんかは、四国は本州じゃないし、高松なんて『一期一会』が体験 出来ないくらいの少人数の人しか住んでいないから、どーでもいいんじゃないの、と諦めています〔笑〕。


(33) 作ったんやろぅのう、いうてみんな丸亀町の中国銀行の四つ角では言よるんで=作ったのではないかなあと言って、高松の みんなが高松市丸亀町商店街の中国銀行高松支店のある四つ角に集まると、寄ると触るとその噂で持ちきりなのですよ。


※06 中国銀行高松支店の四つ角は高松市丸亀町商店街の真ん中にありますが、ここが、高高のある高松の高級住宅地の番町在住 の中高年以上の奥様のお茶会等に行く時の待ち合わせ場所になっています。中国銀行高松支店の四つ角に高松市内では一番運転手 のマナーがよくて安全運転で高級な「大川タクシー」で乗り付けて、ここから、三越までの間の丸亀町商店街のアーケードの 下をエルメスのスカーフを締めて歩いて三越まで行って、買い物をすませたら、三越から、タクシーで自宅に帰るというのが、 中高年以上の番町在住夫人の普通のお買い物コースになっています。若い人達の間では、こういうお買い物コースで買い物を する人達のことを「三越族」と呼んでいて、高松の特権階級の奥様達なのだそうで、笑ってしまいました。ぼくが見るところ、 「三越族」の奥様方は、ただ、運転免許証を持っていないので、「ゆめタウン」に行けないだけで、もしこういう「三越族」の 奥様方が運転したりしたら、それこそ大問題です〔笑〕。ただでさえコトデンの踏み切りの多い高松の街は今以上の大渋滞に なってしまうこと間違いありません〔笑〕。


※07 高松市丸亀町商店街は、高松でアーケードで繋がっている8つの商店街の中で、最も活性化していて、ブランドも高く、 財力も豊かです。その理由は、江戸時代に遡るのですが、松平譜代大名のさぬき藩藩主だった高松の松平さんが、商売人が集中 していたのが、西隣の外様大名の丸亀藩(現在の丸亀市)だったので、「けしからん」と、丸亀藩に住んで仕事をしていた 商売人の大半を、高松の松平藩の方に強制移住させて、その商売人を集めて作った町が、現在の丸亀町になっているからです。 士農工商の江戸時代でなかったら、強制移住させるなんて無茶は出来なかったのですが、外様大名の丸亀藩で働いていた商売人 の皆様は、非常にヴァイタリティー溢れる人達だったので、ここが、高松市内の商店街の中心になりました。高松市内に丸亀町 という他の市の名称の町があるのは、こういう歴史から来ています。ちなみに、高松市の丸亀町商店街には、FC展開に成功し、 全国に名前の轟いている『宮脇書店』という本屋さんの本店、『カニワ』という鞄屋さん、帯止め等の和風小物を扱っている 『万珠堂』(まんじゅどう)、江戸時代は漢方薬店だったのですが、終戦直後から進駐軍のアメリカ人相手にケーキ販売を始めた 『春風堂』(しゅんぷうどう)というケーキ屋さん等々、創業が江戸時代に遡る老舗が並んでいます。

また、高松市内にはもう一つ、兵庫町、という名称の商店街がありますが、ここも、江戸時代に、丸亀町を作っただけでは商売人 が足りない、と神戸の商売人を、松平さんが強制移住させて作った歴史から、兵庫県の名称が、高松市内 の、兵庫町、となっています。

譜代大名の讃岐藩初代藩主の松平さんは、水戸光圀(水戸黄門)のお兄さんでしたので、松平藩の中でも別格上位で、こういう 好き勝手が出来たのでしょう。

また、明治維新政府は、廃藩置県の際、香川県庁を、香川県の地理上真中の丸亀市に香川市として置きたかったのだそうですが、 やはり、松平さんの圧力で高松市に県庁が設置されました。が、その他にも松平さんは、工場地帯 の高松市への誘致も松平さんの別荘の栗林公園の景観が工場の煙突が見えると悪くなるという理由で坂出市に追いやり、陸軍の 高松市への設置も、大砲の音が個人的に嫌いだという理由で善通寺市に追いやりました。(陸軍の跡が、今の自衛隊善通寺駐屯地 になっています。)高松市民にとっては、松平さんの別荘が、今の栗林公園という県立公園になっていて、憩いの場になっている し、自衛隊もなく、工場の煙突も見えないので、平和でのんびりと過ごせてよいのですが、高松市という街の基本設計やコンセプト には、少なからず、松平さんのご意向が関与しています。現在松平さんのご一族は東京在住でいらっしゃるの だそうです。


(34) はよぅ=早く


(35) 来まい=来なさいよ。(ここの「・・・まい」は、命令文ではなく、友達言葉として使っています。)


(36) ほんで=そして、それから


(37) ぶっかけ大(だい)いたぁー=ぶっかけうどんの大盛りを作って下さい。(ついにさぬき弁の短縮言葉が出てきました。 高松のうどん店では、きつね、わかめ等々のかけうどんに載せるものの上半分や、ぶっかけ、生醤油、かけ等のうどんの種類の 言葉だけで注文が通ります。後半の「いたぁー」の「いた」は、「欲しい」「要る(いる)」の意味で、「痛い」の意味では ありません。そして、この「いた」を「いたぁー」と語尾をのばすだけで謙譲語になります。「作って下さい」「食べさせて 下さい」「分けて下さい」「買わせて下さい」等々、ありとあらゆる意味で使われます。のばすだけで、謙譲語に出来るのは非常 に便利、且、高度なので、さぬき弁の短縮形の代表格になっていて、なかなか評判のよい方言です。以前、 この方言は年配の人達しか使わなかったのですが、若い人達の間でも、短縮形で使いやすいので、使う人達も出て来ています。 大学時代の頃ぼくの東京の友人が高松に遊びに来て一緒にうどん屋に行った時、年配のおばあさんが入店してきて 「きつねいたー。」と言っただけで、きつねうどんが出て来るのを見て、友人がびっくりして感動していたことがありました。 彼によると、「き・つ・ね・い・た」はたった五文字だから、高松の方言ってすごく高度な言語だね、とのことでしたが、ぼくは そんなこと考えてもいなかったので、大笑いになりました。が、考えてみると、彼の言うことは正しいのです。)


(38) 食べまいよ=食べなさいよ、という意味の命令文と友達言葉の中間です。仲の良い高松の友人相手ならば、「食べまい」は 「食んまい」になることもあります。


(39) 『はなまる』=全国にFC展開を始めた、高松市田町に本店のあるセルフサービスうどん店。ただし、FC展開の際に初めて 開店した新しいうどん店なので、高松市内の人達は誰も知らないお店でした。が、うどんのコシが全くダメ、トッピングのゴボウ の天ぷらのゴボウが細すぎてゴボウの香りがしない、ダシが不味く全国展開して、ますます不味くなったこと等の理由から、 セルフサービスうどん店としては、高松市内には何店かあるようですが、一番人気がなく、店内はいつもガラガラです。 また、『はなまる』の本部は高松市伏石町という、高松旧市内の人達にとっては「たんぼのまん中」(後述の、「ものーっすご、 いなーっか」(73)をご参照下さい。)にあるので、その存在は全く認められていませんし、本店のある高松市の田町商店街は、 アーケードでつながった高松市内の8つの商店街(前述の(※07)をご参照下さい。)の中では、最も下品でブランド力のないところ です。が、わずかに、南新町商店街とトキワ街商店街という田町よりはましな他の商店街との境目に近いところに『はなまる』 本店があります。他の商店街に助けてもらうような情けない場所に本店がある、ということは、高松市内においては、かなり致命 的です〔笑〕が、南新町に少し入ったところには、マクドナルドとケンタッキーフライドチキンがありますので、これらには 勝てるという思惑で、ここに『はなまる』が本店を置いたのだとしたら、 さぬきうどんの本家の香川県の県庁所在地の高松市と高松市民を舐めてます〔笑〕。『はなまる』のオーナー社長様がどんな方 なのか、全くぼくの興味外ですが、NHK大河ドラマ『義経』をご覧になって、「奢る平家久しからず」程度の歴史の常識は 身につけるべきです。ちなみに高松市の屋島壇の浦で滅んだ平家の落武者は、徳島県の阿波池田方面に落ちて行ったそうですから、 『はなまる』のオーナー社長様は、もし、『はなまる』の将来に不安の陰が差す様だったら、徳島県の阿波池田方面に行かれて、 今度は、阿波池田名産の“コンニャク”か“祖谷(いや)ソバ”で再起すればよいと思いますよ〔爆〕。


(40) いかんで=ここでは、美味しくないですよ、の意味(一般的には「ダメですよ」の意味です。)


(41) 『アズマヤ』=昔から高高生徒指定店です。中央通りと美術館通りの交差点のビルの2Fにあり、うどんはちょっとコシが 足りないけど、ダシがかつお節だけなので独特の美味しさです。終戦直後は、うどん屋でしたが、ケーキ販売も始めましたので、 今では、メニューにうどんと喫茶メニューが一緒に掲載されています。かやくうどんだけでなく、カニフリットの入ったホット ドッグ、カレーライス、「マーブル」という名のチョコレート入りロールケーキ等、開店以来、ずっと同じ味をキープして いるので、今でも昔を懐かしく思い出せるお店として人気があります。椎名誠が高松でここのうどんを食べて、高松の喫茶店では うどんが食べられるんだ、と感動したエッセイを書いています。うどんセット(かやくうどんと、「ローゼ」という、カスタード シュークリームを半分に切って、そこにソフトクリームを乗せたオリジナルパフェのセット)が、ボリュームがあって、一番の おすすめです。前述の高松市丸亀町商店街の中国銀行高松支店のある四つ角(※06)から近く、番町在住の「三越族」の奥様達が、 お茶会(32)の後にコーヒーを飲みに行くお店にもなっています。「三越族」の奥様達は『アズマヤ』の中央通りを挟んだ斜め向か いにある『中央三井信託銀行高松支店』に貸金庫を置いていることが多いようなので便利なところになるのでしょう。が、「三越族」の 奥様達は基本的に暇なので、お茶会に行く時の待ち合わせ場所の高松市丸亀町商店街の中国銀行高松支店のある四つ角(※06)は、 デタラメな噂話、陰口の発祥地になっているので有名です。20年ほど前に高松で飛び交った「『セシール』が『アズマヤ』を買収 した。本当に、Mさん(当時の『セシール』の社長)はえげつない人だ。」という根も葉もない噂もこのあたりから出たものと 思われます。通信販売の『セシール』が喫茶店の『アズマヤ』を買収するメリット等は全くないので、すぐにデマだとわかる、 幼稚な噂が、高松では流れることがままあり、困ったものです〔爆〕。


(42) 『源芳』=げんよし、『アズマヤ』の美術館通り側の斜め向かいにあります。今は、高松への転勤族の昼食の専属店のように なっていますが、ここのうどんは実に美味しいし、一番のおすすめは、うどんと一緒にここのチラシ寿司を食べることです。


(43) 兵庫町=前述の、丸亀町商店街の江戸時代に遡る歴史(※07)をご参照下さい。


(44) 『さぬき麺業本店』=高松市内の大きなうどん店では一番美味しいところです。ここの社長は「さぬきうどん協会」の会長も していて、NHKの『プロジェクトX』にもさぬきうどん店を代表して取り上げられました。ここは、箱寿司(箱の形をした 押し寿司)が美味しいと思います。


(45) 『うどん市場』=セルフサービスうどん店としては、『さぬき麺業本店』と並ぶ、美味しい店です。冷たいぶっかけうどんは とても美味しいです。


(46) ええで=ここでは、美味しいですよ、の意味(一般的には「いいですよ」の意味です。)


(47) 自転車で=自転車に乗って、(高松市内では、学生等は自転車で移動する人達が大半です。高松にUターンした当時の ぼくは、ここは中国みたいだ〔笑〕と感じたものでした。)


(48) 『まるいち』(※08,09,10,11)=高松市の西隣の坂出市に本店のある、セルフサービスうどん店。さぬきうどんの発祥地は 香川県の西地区(西讃)の綾川という川の流域です。この綾川流域に、湧き出る泉が多く、また、素晴らしい水なので、その水を 使って作る手打ちうどんが美味しく、この流域の「滝ノ宮」か「琴平」が、さぬきうどんの発祥地になっています。ただし、さぬき うどんがブームになった頃から、「滝ノ宮」も「琴平」も、それぞれが町役場単位で自分のところがさぬきうどんの発祥地だと言い 張って譲らないので、どっちが本当のさぬきうどんの発祥地なのか、今では全く謎です〔笑〕。また、香川県の西地区(西讃) の綾川という川の流域一帯の地域では、昔から、お客様が来た時には、そこの家のご主人が、自ら自分で手打ちうどんを作って ふるまっていたという歴史がありますので、この香川県の西地区(西讃)の一帯が、手打ちうどんは一番美味しいです。


※08 『まるいち』のこと・・・・・『まるいち』は、綾川流域のその一帯で育った歴史の中で大きくなったセルフサービスうどん 店です。高松で生まれ育ったぼくは、全く知らないお店でしたが、8年程前、仕事で丸亀市に行った時に『まるいち』丸亀支店で 食べたぶっかけうどんがものすごく美味しかったので、以来、『まるいち』のファンになりましたが、遠いのでなかなか家族は 連れて行けませんでした。が、さぬきうどんブームの追い風に乗って『まるいち』は、高松に進出を始め、高松市の郊外にも何店 か支店が出来ました。とても美味しくて、『まるいち』はどの店も大変に人気があり、昼食時には行列が出来ています。 また、『まるいち』の高松東バイパス通り店は午後2時以降は、トッピングのてんぷら類は注文を受けてから揚げてくれ、 揚げ立てが食べられるので、午後2時から閉店の夕方までが、ねらい目です。ぼく自身の感想では、香川県内 のセルフサービスうどん店では、天かすとショウガを必ず店員が適切な量を入れてくれるので、ぶっかけのダシとのバランスが 素晴らしく、ぶっかけうどんは、冷たい方も暖かい方も、『まるいち』が一番美味しいと思っています。


※09 『まるいち』での家族とのささやかな家族団欒の昼食時のひと時・・・・・弟が勤務している東京から帰省した 時には、絶対に『まるいち』のぶっかけうどんを食べに自家用車に乗せて連れて行っていました。が、この頃では、弟の方が 『まるいち』へぶっかけうどんを食べに行くために帰省して来るようになりました。東京の『はなまる』は、やはり不味いのだ そうです。実際、弟が大好きな『まるいち』の冷たいぶっかけうどんと、トッピングの揚げたてのゴボウの天ぷらを食べる時、 彼は、無口になって夢中で食べていて「こんな美味しい、おうどんを食べる時には、黙って味わわないといけないんだぜ。 お兄ちゃんは、黙ってろよな。」等と、共通語で偉そうに言うのです〔笑〕。 年老いた母も、午後2時過ぎの遅い昼食に、高松の東バイパス通り沿いに出来た『まるいち』の支店へぶっかけうどんを食べに 家族3人で行くことをいつも楽しみにしています。セルフサービスうどん店は、杖をついていて手をひいてあげないといけない母 一人では絶対に行けません。だから、先に座席に母を座らせておいて、弟とぼくがぶっかけうどんやトッピングするものや 母の好きな、いなり寿司を取って来て、3人で一緒に食べるのですが、値段が安くても、家族団欒のひと時を過ごすことの出来る 大切なひと時になっています。いつ行っても、同じ味とコシをキープしている素晴らしいお店だとぼくは感じています。 もちろん、香川県の皆様は、それぞれ好みがあって、お勧めの店の数は、人口と同じくらいあるのだろうと思いますが・・・・・。


※10 『まるいち』のぶっかけうどんの美味しさに感動したぼくの東京の友人のこと(その1)・・・・・ 5年程前に日経新聞岡山支局長として東京から転勤でやって来た、早稲田大学政経学部の同じ研究室の友人だったH君が、 「さぬきうどんを食べたい。」と香川県に遊びに来て、丸亀のオークラホテルに泊まっていたので、ぼくは昼前に車で迎えに 行きました。「山越」の『釜玉うどん』を食べに連れて行こうと思っていたのですが、あいにく日曜日でお休みだったので、 気に入ってくれるかな、と不安半分で連れて行ったのが『まるいち』丸亀支店でした。ぶっかけの大を食べたのでしたが、感動の あまり、H君は、またまたぶっかけの大を食べて、値段の安さに驚いていました。そして、

「このぶっかけうどんのダシの美味さはただごとじゃない。うどんもコシがあって、実にいい香りで、食べた後、香りが残る。 岡田君、もし、この店が銀座四丁目にあったらすごいことになるよ。今まで東京に出店しなかったのは経営者がバカなんだ。」 等と、例によって例の毒舌で、経営者をなで斬りにしていました。だから、さぬき人のぼくも負けずに、

「銀座四丁目なんて無理だよ。この値段設定で借地代が支払えるはずないよ。」と言い返したのですが、彼は、

「イチかバチか、ベンチャーでやるべきだよ。」等と言っていました。『はなまる』が東京に出店する1年前、時あたかも、 ベンチャービジネス立上げの助成金が始まった頃のことでした。 そして、1年後に『はなまる』が東京に出店して大騒ぎになった時には、『はなまる』に先を越された、とH君は悔しがって いました。

が、つい先日、また、東京の日経新聞本社の部長に戻っていたそのH君に別件で電話したところ、大学時代の研究室の 思い出話のあと、かつて、『まるいち』で一緒に食べたさぬきうどんの話になった頃には、次のように言っていました。

「『はなまる』ありゃダメだ。新橋店かな、不味いダシでね。うどんのコシはもともと期待はずれだったけど、ダシが段々 不味くなってるから、東京ではもうおしまいが近いね。それより『まるいち』はどうして、東京に来ないの。不味い店だけ、 東京に出すなんて、香川県は卑怯だ。」〔爆〕

「やっぱりね。『はなまる』は、高松市内でも、全く人気ないし、『はなまる』がさぬきうどんだって思われることが、香川県 の恥だと思ってる人達がこっちにはいっぱいいるよ。だけど、『香川県は卑怯だ』何てぼくに言われてもねえ。ハハハ・・。 言う相手が違ってるよ。香川県知事にでも言ってよ。」〔爆〕

「やっぱり、『さぬきうどん』という商品の特性からFCがいけなかったんだろうね。」〔爆〕

「まあ、今回の『はなまる』の全国展開の件は『高松祭』の打ち上げ花火みたいなもんだと思ってくれよ。いっぱい 打ち上げてそれでおしまい。FC展開がさぬきうどんの場合はダメだったってことだから、さぬきうどんとコンビニを 同列に考えて『はなまる』の全国FC展開を提案した経営コンサルタントやそれで金儲け出来ると協力した広告代理店と メインバンクに全ての責任があるよ。広告代理店はぼくの直感だけど、東京の最初の店を渋谷や原宿あたりにして、学生に ターゲットを絞って、その父兄に噂が広がるように効率的に仕組み、『吉本興業』の芸能人を使っているし、バーチャル セルフ何てことをウェブ上でPRしてるんだから、間違いなく東京の状況は把握してるところだろうけど、電通、博報堂という 一流の広告代理店では断じてないよ。インターネットのお陰で急成長した可能性のある 成金系の二流どころじゃないのかな・・・・・な〜んて偉そうに批判するのは簡単なんだけど、新しいことをスタートさせること は批判することに比べたら大変なことだから、ぼくは当初『はなまる』のFC展開を応援してたんだけど、それだけに残念な結果 になりそうだね。さぬきうどん店の場合は、支店による東京出店しかないだろうから、東京で美味しいさぬきうどんの食べられる 時代は、先の先の先だよ。それまでは、由緒正しい技術で作られた、カトキチの冷凍うどんで我慢するか、JR四国のやっている 『めりけんや』っていうのがJR東日本と提携して東京に出店を始めているから、そっちに行ってみてよ。JR東日本に聞けば すぐにわかるよ。『めりけんや』って名前じゃないところもあるそうだから。高松では『はなまる』よりははるかに美味しくて 人気もあるよ。」

「何、そんな店あるの? よーしっ、早速調べてみよう。直接、仲良くしてるJR東日本の役員に会うよ。」〔爆〕

「ああ、それが一番いいね。さすが、マスコミは勢いがいいね。」〔爆〕

「あったり前だよ。直接相手の最高責任者と会わないと、情報も情熱も将来性も伝わって来ないし、自分の感性が鈍くなるよ。 JR東日本の役員の『さぬきうどん店・めりけんや』に賭ける情熱を感じた後で食べるさぬきうどんの味の方がいいに 決まってるじゃない。岡田君だってずっとそうだろ。生演奏に勝る音楽はないだろ。」〔爆〕

「もちろんだよ。でも音楽に限ったことじゃない。仕事でも、法人のホームページをウェブ上で見るのは、情報収集に過ぎない。 法人の取引新規開拓にあたっては、絶対、相手の責任者に『face to face』で会って、ウェブで集めた情報なんかも実際に使わな いと何も始まらない。でも、最近は営業をアウトソーシングしてる会社が増えてレヴェルが下がったのかなあ。営業と詐欺の 区別のつかない営業マンが増えてるみたいだけどね。」〔爆〕

「ああ、鉄砲玉営業マンのことだね。」〔爆〕

「うん。オレオレ詐欺も営業の一種みたいに思われてるから、暴力団のチンピラに極めて近いやり方だから、『鉄砲玉』って表現 はいいね。」〔爆〕

「でもさ、暴力団もいろいろだろ。」〔爆〕

「そうだね。かつて『山口組』の貯金の取り合いは三菱信託と住友信託と野村證券で競合したけど、住友信託が獲得したよ。先方 の窓口は当然、組長さんだったみたいだけど。『オウム真理教』もどこかの信託か証券が入ってると思うよ。正しい金融機関の 営業マンは、お金のあるところにはどこにだって平気で飛び込む度胸がある。オレオレ詐欺は相手の弱みにつけ込んで、高齢者に ターゲットを絞ってるから、度胸なんて全くないチンピラがやってる詐欺。テレアポ営業やってる連中も全く同じ。 飛び込んで、きちんと自分自身を売り込んで、相手とコミュニケートする度胸がないから電話使ってるだけのオタク。 オタクに営業出来るわけないじゃない〔笑〕。やってる当事者はあれが営業だと思いこんでるから、ぼくはグローバル スタンダードに、無視してるけどね。」〔爆〕

(このあたりの詳細は、エッセイ 「6年ぶりの『カムバック・サロンコンサート』を終えて」をご覧下さい。)


※11 『まるいち』のぶっかけうどんの美味しさに感動したぼくの東京の友人のこと(その2)・・・・・ 3年前に、ぼくの作曲活動を取材することと、雑誌の付録として添付する CDへのぼくの自作自演ダウンロードの許可をもらうために高松にいらっしゃった雑誌編集部の女性記者の Aさんとは、取材の後、高松に『まるいち』の東バイパス沿いの支店が出来ていたので、ここへ「ぶっかけうどん」を 食べに連れて行きました。彼女は、その前日『はなまる』高田馬場店で1時間も待ってぶっかけうどんを食べたばかりでした。 「ぶっかけの小」と注文した彼女にぼくは「ぶっかけの大」で大丈夫だよ、と言って変更させました。でも、彼女は、一口一口 コシを確かめてダシの味を味わいながら満足して「ぶっかけの大」を食べてしまいました。高松から東京に帰る時、マリン ライナーに乗る高松駅の改札口で、

「『まるいち』のぶっかけうどんが本当に美味しかったわ。あの香り、一生忘れられないわ。私、さぬきうどんは『はなまる』 だと思っていたけど、上には上があるのね。東京みたいに長時間並ばずに食べられるなんて、香川県の人達は幸せね。取材も そうだけど『現場』に行って自分の五感で確認しないとダメなのね。高松に来てよかったわ。」と言ってくれましたので、ぼくは

「そうですか、うどんが美味しいのは高松市内ではあたり前なんだけどなぁ。」と答えてから、続けて

「室内楽作曲はぼくはアマチュアだけど、これからも、上を目指しますよ。でも、もう、ピアノ演奏は、現在は、そんなに上手く なくなってしまったことが、自分が一番わかっているから、上は目指さないことに決めています。ただし、今回の取材で、その内、 CD化も簡単に出来る時代が近づいていること、JASRACを追い出せば大丈夫だってこともわかったので、ピアノ曲の 自作自演だけは上を目指すことに決めました。」

と答えました。そして、

「過去の遺物化しているんだけど、さぬきうどん、高松とぼくの自作ピアノ曲『朝の海』を気に入って下さったあなたへの プレゼントです。暇な時にでも見て下さい。また、『朝の海』は早朝の瀬戸内海の穏やかなさざ波をモチーフにした作品なので、 今から乗るマリンライナーから見える瀬戸内海の島影を思い出しながら、東京に帰って、ピアノで弾いてみて下さいね。」と言い ながら、まだ、ピアノ演奏が上手かった当時の東京カザルスホールでの1988年のフォーレのピアノカルテット1番と、1989年の 「クラリネットとピアノのためのドメスティックなラプソディーOP.61」の自作自演が2つとも入っている演奏収録のVHSと、 自作ピアノ曲『朝の海』のスコアのコピー譜面を、ピアノ演奏が趣味だった彼女に手渡してお別れしました。

アマチュアで作曲とピアノ演奏を趣味でずっと続けているぼくにしか出来ないことなんだけど、自分の作品のファンや、自分の 出演するサロンコンサートにお金を支払って来て下さる人達を増やす必要もなく、のんびりと死ぬまで続けて行けることは、 とても幸せなことです。

だから、3歳の時にぼくがピアノを始めることを勧めてくれた、既に他界した母方の祖母、まだ小さくて鍵盤に手が届かなかった ぼくを膝の上に載せてピアノを教えて下さった、石井ルリ子先生と、ぼくが住友信託銀行新宿支店在勤当時の25歳当時、ぼくに、 ピアノのない所でも室内楽が作曲出来るよう鍛えてくれた、29歳で他界した座光寺公明先生、座光寺公明先生が、彼の作曲の 先生の小倉朗先生を紹介して下さり、本格的な対位法を教えてもらえたご恩は生涯に渡って忘れられません。

同様、住友信託銀行松山支店で初めて外勤に出た22歳当時のぼくに、生まれて初めての正しい営業外勤活動を教えて下さった 先輩のご恩も、四国高松のUターン後、どんな種類の営業の仕事に携わっても同様に続けられる今日においては、同じ位、生涯に 渡って忘れられません。(このあたりの詳細は、エッセイ「マシェーズから座光寺君に宛てて」を、また、営業活動に 関することは、エッセイ「失われ た時のために」を、ご参照下さい。)


(49) JR四国がやっりょる=JR四国が経営している


(50) 『めりけんや』=JR四国がやっているうどん店。前述の『さぬき麺業本店』『うどん市場』『まるいち』に比べると、 ちょっと落ちますが、値段の安さでは『はなまる』と同じなので、高松市内では『はなまる』よりは、はるかに美味しく、 全国展開を始めています。ただし、JR東日本と提携して東京に出店を始めているので、どうなるのか先は未知数です。また、 『めりけんや』の本部は宇多津にあり、いちばん有名なお店は、瀬戸大橋を眺めながらさぬきうどんの食べられる『めりけんや ・宇多津かけはし店』ですが、新幹線が宇多津に来ることを見越しての出店なのでしょうから、100年タームでの中長期経営方針 のようです。日銭を稼ごうという、その場しのぎの『はなまる』の超短期経営方針、東京の土地代が高いことをクリアするために、 FC展開したためにダシが不味くなってしまったこと、マクドナルドごとき下劣な店を蹴飛ばすような戦略で、かけうどん100円 を前面に押し出して、渋谷や原宿といった、学生や芸能人の集まるトレンディーな場所から東京に切り込んだやり方とは対極に あります。『はなまる』のかけうどん100円というのは、東京では安く感じられるのでしょうが、高松ではかけうどん70円位で はるかに美味しいところがありますので、中途半端な値段設定です。徹底的にコスト削減すれば、かけうどん50円は出来たはず。 『はなまる』のかけうどん50円ならば、今のように不味くなってしまってもよいのですが、新メニューに納豆などを 使ったぶっかけうどんを入れているようなので、おしまいですね。香川県の地元出身者は、お雑煮に餡餅は入れますが、納豆を 食べる習慣は全くありませんし、ましてや、うどんに納豆を載せるようなことは絶対にしません。『はなまる』がこんなメニュー を並べて、『さぬきうどん店』を名乗るとは言語道断です。・・・・・等々、様々な現象から考察して『はなまる』がこれ以上 悪あがきをして、『さぬきうどん』の歴史を踏みにじることは、終末を見苦しくするだけですのでおやめ下さい。いずれにせよ、 『はなまる』と『めりけんや』のどちらが勝つかは、歴史が決めてくれることです。つまり、100年後にどちらのお店が東京に 残っているかで全て決定です。100年間も続かないような会社は21世紀のグローバルスタンダードな観点では「民間企業」では なく、問屋制家内工業の「お店」に過ぎません。FC、バーチャルセルフ等、横文字を並べても、「正しい日本語」「正しい 歴史観」「正しい経営理念」等の一般教養を持たずにお金儲けにのみ走るような経営者の浅薄さは、すぐにわかることなのです。


(51) 『めりけんや』は椅子が狭いけん=『めりけんや』の椅子は座るスペースが小さいので、の意味。(ここで言っている『め りけんや』は、浜街道から少し入った所にある、JR四国本社ビルの隣のJR四国グループ会社の入っている別館1Fの『めりけん や』のことです。)が、他県の人は、「部屋が狭い」とは言っても「椅子が狭い」とは絶対に言わないですね。時々、さぬき弁では 変な言葉を使い回すことを発見して、その都度可笑しくなるのですが、雨が降って来て友人だけが笠を持っていた時、さぬき弁 では、「私もその笠に入れて下さい。」とは言わずに「私もその笠に乗せてぇー。」と言います。語尾をのばしているので、謙譲 語になっているのですが、県外の人は、これを聞くと笠の上に乗っかるのか、と理解するそうで、一番呆れるさぬき弁の一つなんだ そうです。が、さぬきでは、車に乗るのと同様、笠の下に入ることも、笠に乗ることだと思っています〔笑〕。でも、いいよう に解釈して、一緒の車に乗ることを、一緒の笠の下に入ることと同様に考えているのだから、実は、さぬき弁って、本当に 平和で仲の良い人間関係を構築しようとしている、世界平和に貢献する素晴らしい言葉なのかもしれないな、とぼくは、過大評価 することにしています〔笑〕。以下で、さぬき弁で使われる独特の言い回しの一部をご紹介します。


※12 さぬき弁での独特な言い回し・・・・・さぬき弁では独特な言い回しがいっぱいありますが、主なものだけ 列記します。


A.「風呂にいる」・・・・・風呂に入る、の意味で、風呂に滞在するのではありません。


B.「水がまける」・・・・・水がこぼれる、の意味で、水が負けるのではありません。


C.「腹がおきる」・・・・・お腹がいっぱいになる、の意味で、お腹が起きるのではありません。


D.「まち」・・・・・高松市内のアーケードでつながった8つの町から構成される商店街のこと。

田舎の方では 「おくまーち」〔奥町、のことで、町の中の町と言う意味のようです。〕と言うこともありますし、高松市内のアーケード街 から離れた地区では、高松市内であっても「まち」のことを「たかまつ」と言うこともあるようです〔笑〕。

このあたりの「まち」 と「まち」でない場所の区分については、後述の、「ものっそ、いなーっか」(73)をご参照下さい。)


E.「親戚ばし」・・・・・親戚に近いくらい懇意にしている人、の意味です。『親戚ばし』は『親戚端』(端っこの方の遠い親戚) のことなのですが、親戚と親戚ばしの境目は人それぞれ違っているようです。

全く親族関係のない親しい人を『親戚ばし』と言う人もいれば、『親戚』は血族の親戚で『親戚ばし』は姻族の親戚であることも あったりなかったりしています。何親等までなんて決まりが全くないファジーなところ〔笑〕がさぬき弁のさぬき弁たる由縁の ようですが、通常「自分は結構顔が広いんだよ」と言うために「親戚ばし」を使う人が多いので、かなり遠い関係者も含めている ことが多いようです。

かつて、(財)モーターボート協会の会長だった、故、笹川氏(※13)がテレビのCMで 「人類みな兄弟」と言っていましたが、「人類みな親戚ばし」何てことになれば、さぬき弁も日の目を見るのかもしれません〔笑〕 が、仲の悪い親戚もいますから、そんなことにはならないでしょう〔笑〕。


F.「ごっつぉ」・・・・・ご馳走、のこと。関西弁の「ごっつ」(すごく、という意味)とよく混同されるさぬき弁です。

「ごちそうさま」「有難うございました」という意味で「ごっつぁんでした」と言うのは、お相撲さんの用語です。

しかし、香川県では、 ご馳走という意味の名詞として「ごっつぉ」を使います。例えば、「明日来るんなら『ごっつぉ』するけんの。」という言い方は 「明日(私のところへ)いらっしゃるのならば、ご馳走を準備してお待ちしていますからね。」という意味です。


G.「ぜいたくじゃ」・・・・・「ぜいたく」は「贅沢」の意味ですから、「金遣いが荒い」という意味です。が、高松市においては、 この贅沢の基準が、外食においては、おそらく、日本全国で最も低いようです。原因は、かけうどんが一杯100円以下の「セルフ サービスさぬきうどん店」にあります。

サラリーマンの昼食のランチは、高松への転勤族の皆様は、ほぼ全員、さぬきうどん店になっているようです。

ランチの相場は、高松では、700円から900円位ですが、ちょっと寒い時に暖まって行こうよ、という時、ホットコーヒー 350円の喫茶店ではなく、かけうどん100円以下の、「セルフサービスさぬきうどん店」に行く習慣が、今でも強いです。 この方がおやつとしてはお腹も満足になり暖まれます。また、ケーキセット等は600円以上しますから、ダイエット上もケーキ セットよりうどんに人気があります。健康上はよいことだと思います。

が、基本的に、うどんは貧しい食べ物です。江戸時代から、日照りのため、凶作になっても困らないよう、うどんを食べる しかなかったという悲しい歴史から、うどんのコシを決める塩加減を季節ごとに拘ったり、 「生醤油」「釜揚げ」「ぶっかけ」等の美味しいうどんの食べ方が開発された経緯が ありますし、ほとんど全て炭水化物という栄養面を考えても、このあたりを日常的に食べている人達にとっては、喫茶店 のランチですら、「ぜいたく」の範疇に入ってしまうのは仕方ありません。ちなみに、高松市内在住の人達は、喫茶店の ランチのことを「ランチ」とは呼ばずに「タイム」と呼びます。「ランチタイム」という言葉が高松では「タイムランチ」という 風に定着したためです。「ランチタイム」は昼食を食べる時間、「タイムランチ」は昼時になるとメニューに登場するランチ、 ですから、「ランチタイム」は時間、「タイムランチ」は食べ物です。かなり穿った見方ですが、貧しい高松では、時間よりも 食べ物が大切なので「タイムランチ」となってしまい、その言葉の前半の「タイム」が、喫茶店のランチを意味する言葉になった のでしょう。ですから、大阪近辺の皆様が、「アイスコーヒー」を「冷(レイ)コー」と呼ぶのとは全く違っていて、高松の言葉 の背景には、「その日暮らし」を続けて来た、さぬき地方の長〜い貧しい歴史があるのです。「さぬきうどん」の全国展開が うまく行っているのは、バブル崩壊後、景気が低迷し続けているお陰だという言い分は、ですから、ぼくは正しいと思っています。

何もここまで、自分の出身地を卑下しなくてもいいんじゃないかという高松の皆様もいらっしゃると思いますが、ぼくは卑下して いるのではなく、高松がものすごく貧しい土地だったことは事実だろうという確信を持っています。その最大の理由 は、今でも、高松では、お正月のお雑煮はイリコだしで白味噌仕立てで、且、大根、人参と共に、餡餅を入れるからなのです。 ぼくはこの餡餅雑煮大好きですが、いつもいつもうどんばかり食べていたさぬき在住の貧しい人達にとっては、お正月だけは、 餡餅雑煮を食べることが、本当に「ぜいたくじゃ」という状況だったのだろうと、毎年、お正月に餡餅雑煮をいただく度に思う からなのです。だから、お正月に「数の子」を食べるなんて「超ぜいたくじゃ」になります〔笑〕。

以上のように考えると、コンサート、演劇等のイベントへの集客力が、高松市が四国四県でずっと最低であり続けることも、 全て原因が明確になります。何しろ、高松では「ランチタイム」ではなく、「タイムランチ」なのです。昼食の表現にあたって も、『昼食時間をゆったりと過ごす』時間よりも『昼になるとメニューに登場する』食べ物が大切なのです。快適に過ごす時間 の価値等は、高松にずっと住んでいる人達の理解の外にあるのですから、コンサートや演劇のような時間芸術に対しては 不感症なのです。。・・・・・などなど、考えると、「こんにちわ」 という意味で「何がでっきょんな」と言いたくなる気持ち(出会う周囲の人達に対して、どんな食べ物を作ってるの、という程度 の即物的な興味しかない風土)も、このぼくのように、エッセイで悪いところも平気で明確にするような目立つことをしている 人のことを「偉っそげな奴」と言って腹立たしさを「・・・げな」で曖昧にして逃げ道を作っておいてから足をひっぱりたく なる〔笑〕人達の気持ちも、非常に、よーーーーーく、わかるのです〔爆〕。

また、この「ぜいたくじゃ」と同じ意味で「安気(あんき)なのう」というさぬき弁が使われますが、いずれも、ぜいたくな人、 安気な人に直接向かって投げかける言葉ではなく、その本人のいないところでの陰口において囁かれる時に使われています。 ですから、「あの人はぜいたくじゃ」「あの人は安気なのう」と言っている人は、実は、あの人のように贅沢になりたい、 安気に暮らしたいと思っているのですから、「あの人」は陰口を叩かれて迷惑なのでしょうが、いたしかたないなあ、と思います。 が、陰口が相手にどこかで伝わった場合も逃げられるように、「あの人はぜいたくげなんじゃ」「あの人は安気げなのう」と、 「・・・げな」を入れておけば、安全なのですね〔笑〕。


H.「あんたんとこは、この前の法事でうまーげなお膳出したのう。」・・・・・この前に開催された親戚の集まる法要で、あなたの お宅は、立派そうなお膳に乗った美味しそうで高価そうなご馳走を出されましたねえ、の意味です。ここでは、『うまーげな』は、 「立派そうな」「美味しそうな」に加えて「値段の高そうな」の3つの意味で使われています。そして、『お膳』は、料理を載せる お膳(台)と載っているお料理の全体を指しています。

前述の「あほげな」(09)でご案内したように、「・・・げな」は肯定70%、否定30%という、その場を丸く曖昧に収める形容詞です ので、ただのお愛想の言葉です。

また、『法事』は他の地方都市同様、高松でも非常に大切なイベント です。ご先祖様を供養することよりも、美味しいお料理を食べてお酒を飲んで、お互いの近況報告をするウェイトの方が高く なっていることは、大体どこも同じです。『檀那寺』(だんなじ、檀家になっているお寺)さんのお坊様にお包みする『お布施』 の相場も大体決まっていますが、地方都市では、法要の『お布施』の相場が、その時、その地区の消費性向、貯蓄性向と景気動向 を測定する最も有効な指標になります〔笑〕。他の地方都市同様、高松でも『お布施』の相場はかなり低くなっています。

また、高松市内の神社仏閣の『お守り』の相場は大体500円のようです。『お守り』の値段が一番高いのは京都で、2000円 以上もする『お守り』もあります。

『お布施』『お守り』『祈祷代』の値段は原価や利益の存在しない非課税法人の宗教法人の設定した値段 で、お寺や神社の提供する効能やサービスとも無関係で、ただそのお金を納める国民の意識のみが反映されている金額です。 薄利多売、価格破壊、ダンピングの多発する民間企業の取引相場よりもはるかに明確で普遍的です。

小泉総理も竹中大臣も日本全国の神社仏閣の『お布施』『お守り』『祈祷代』の相場をきちんと押さえれば、現在の日本の景気 動向を一番確実にリサーチ出来るのです〔笑〕が、あまりそういう努力はしていないようですね〔笑〕。

『お布施』『お守り』『祈祷代』の相場がこの先も限りなく低落を続けるのならば、景気が悪くなっている等という甘い状況では なく、日本が崩壊に向かっている、ということです。


I.「本家(ほんけ)と新屋(しんや)」・・・・・この言葉は香川県に限らず、地方都市の田舎の方ではどこでも使っていますが、 本家(ほんけ)はその家の長男が親の後をついだ家のことで、新屋(しんや)はその家の次男以下の男の兄弟が、本家から独立して 住むために建てた家のことです。本家(ほんけ)は親の後を継いだ長男の家なので古く、次男以下の男兄弟の建てた新屋(しんや) の方が新しくて綺麗に決まっています。本家(ほんけ)と新屋(しんや)はどちらも、 相手に負けないように改築やリフォームをしようとしますので、改築とリフォームのニーズはここで一番発生します。しかも、 香川県は大変に見栄っ張りな風土なので、あまりお金に糸目をつけないことが多いようです。

そして、家を大切にする風土は、香川県の場合は、高松市内も含む香川県の東地区(東讃)よりも、香川県の西地区(西讃)の方 が強いので、本当の豪邸は香川県においては、西地区(西讃)にあります。ですから、あたり前のことですが、地場の不動産屋さん も、西地区(西讃)の方が活性化しています。

このように、『衣食住』の衣にこだわるのが高松市内も含む香川県の東地区(東讃)、食と住にこだわるのが香川県の西地区 (西讃)です。食と住にこだわる西地区(西讃)の方が文化的で合理的なので、ぼく自身は、西地区(西讃)の方に圧倒的に友人 が多いのです。もちろん、東地区(東讃)にも大切な友人は多いんだけど・・・・・。

ただし、一点だけ、ウェブに関して明確なことは、香川県においては、高松市内も含む東地区(東讃)よりも、西地区(西讃) の方が私生活におけるインターネットの利用が活発なことです。

また、四国四県で一番最初にインターネットカフェが出来たのは、高知市でした。

外からやって来る情報の収集に積極的でイベント集客力の高い地域は、かつて、外様大名の土地柄だった、香川県 の西地区(西讃)や高知県ですが、これら外様大名の香川県の西地区(西讃)は、故、大平首相を、高知県は板垣退助等の 大政治家を輩出しています。

が、高松市出身の政治家は大体ダメですね〔笑〕。先祖代々、譜代大名で楽に暮らせた土地柄なので、高松市内の 栗林公園の中にある『日暮亭』(ひぐらしてい)というお茶室で、松平さんが一日中ボーッと日暮(ひぐらし)していた ように、高松市出身の政治家がボーッとしているうちに〔笑〕、いつも、香川県の西地区(西讃)や高知県の政治家に 先を越されているようです。

・・・・・何てこと書いちゃうと、高松市内の人達は「高松市出身の政治家も『大器晩成』するかもしれんけん、 かまんでないんな。偉っそげに言よったら、出る杭は打たれまっせ。気ぃーつけまあせ。」(さぬき弁で、「高松市出身の 政治家も『大器晩成』するかもしれないから、かまわないんじゃないの。偉そうにそんなこと言っていたら、出る杭は打たれ ますよ。(打たれないように)気をつけなさいね。」という意味です。)なんて反論をするのかもしれませんが、アーティスト としてのぼくは『大器晩成』より『美人薄命』(※14)の方がずっとカッコいい、と思っています〔笑〕ので、たぶん「わしの こっちゃけん放っといてぇた。どーなってもあんたはかまんでないんな。出る杭は打たれるかもしれんけど、出ん杭は腐り まっせ。」(さぬき弁で、「ぼくのことだから、あなたは放っておいて下さい。ぼくのことだから、どうなってもあなたには 関係ないでしょう。出る杭は打たれるのかもしれませんが、出ない杭は腐っちゃいますよ。」(※15)という意味です。)〔笑〕 何て言い返すんじゃないかな。


※13 財団法人のモーターボート協会の会長だった、故、笹川氏のこと・・・・・故、笹川氏には、住友信託銀行新宿支店 在勤中に、2回ほど面会させていただいたことがありました。が、当時、笹川氏振り出しの小切手は通常の翌日決済ではダメ で、現金と同様に処理しないと怒られて取引停止になっていましたので、全銀協加盟の都市銀行と全ての信託銀行は、別段預金と いう社内特別の口座を経由して、その日集金した笹川氏振出の小切手の当日の利子は、都市銀行や信託銀行の支店長決済で、支店 の交際費や福利厚生費等で出していました。また、半端な金額の小切手ではなかったので、当日の一日の利子も、当時は金利も 高かったので、かなり多額な負担になっていました。が、取引停止されることは避けたかったので、こうした特別な処理が行なわ れていました。

今はどうなっているのか知りませんが、バブル崩壊後、低金利時代がずっと続いているので、無くなっているだろうと感じて います。

ですが、今も、財団法人は社団法人と全く違っていて、財団法人は10億円単位以上の基本財産で設立され、その利子で人件費等が 全てまかなえるので、財団法人の理事長は株式会社の社長と同じくらいの全ての案件のトップです。

が、社団法人は1000万円単位の資金で設立出来ますが、全ての案件について、理事全員の同意(多数決ではダメなのです)を 取り付けないといけないのですが、その後の資金は、全て寄付で集めないと行けません。が、信託銀行のやっている『他益信託』 の手法を使えば、全国から、その社団法人の活動を支持している個人や法人が信託銀行に預けたお金の全利息が寄付として集め られます。しかも、受け取る社団法人は、非課税法人なので、贈与税は一切かかりませんし、寄付する個人、法人は信託銀行に 預けた資金の利息を、預けた満期になるまでの期間無利子で寝かせるわけですから、公定歩合さえ高ければOKなのです。

一時期、ベンチャ、ベンチャーと騒いでいた厚生労働省が、有限会社か株式会社のベンチャー立上げにのみ拘っていたのは、全て、 金利が下がってしまっていたためです。そうでなかったら、社団法人のベンチャー立上げでもよかったのです。環境問題のような 案件に関与する法人は、社団法人であるべきです。この先、景気が少し回復して金利が少し高くなっても、社団法人のベン チャー立上げが日常的にならならない限り、景気が回復したとは言えないという理由から、 竹中大臣の言う「景気回復」何て、全くデタラメだとぼくは思っています。


※14 『大器晩成』より『美人薄命』・・・・・『大器晩成』より『美人薄命』を信奉しているぼくは、かつて、ピアニストの リパッティーが死んだ27歳より自分が長生きしてしまった時には、ぼくはピアニストとして何といういけない奴なんだと思ったり、 ショパンが死んだ39歳より自分が長生きしてしまった時には、まだ、自分はショパンの『バルカローレ OP.60』のような傑作 ピアノ曲を書いていないのにどうしようと、しばらくの間、ショックから立ち直れなかったりしました〔笑〕。

が、48歳になってしまったこの頃では、長生きしたJ.S.バッハ、ブラームス、フォーレあたりを、さしあたってのメルクマールに しています〔爆〕。

もちろん、モーツァルトはサリエリに殺されたのだから仕方ありませんし、シューベルトは売春宿でうつされた梅毒で死にました けどぼくは予防措置をとっているので大丈夫です〔爆〕。

が、ビゼーだけは本当に若死にで可哀想でした。が、死ぬ間際まで、母親孝行だったので、ぼくも頑張って、高松にUターンして、 ひたすら母親孝行をしているところなのです、ハイ〔笑〕。


※15 「出る杭は打たれる。出ない杭は腐る。」・・・・・この言葉は、高松市瓦町のフェリー通り沿いのマオカ病院の入口に 飾ってある色紙に書かれていました。これを見て以来、至極名言だとぼくは思っていて、『出る杭』を叩こうと金槌を持って待って いたり〔笑〕『伸びようとしている若い芽』を摘み取ってしまおうとハサミを持って待っている〔笑〕人達の多く住む高松市内 においては、時々使うことがあります〔爆〕。

高松市内の若い皆様もどんどん活用しましょう。高松市内の若い皆様は、あなたの始めようとしている新しい活動を潰してやろう と企んでいる高松市内在住の年配者には、何かの機会に次のように、さぬき弁ではなく共通語で、直接問いかけて、やっつけちゃ いましょう〔爆〕。

「そう言えば、瓦町のフェリー通り沿いのマオカ病院さんの入口に『出る杭は打たれる。出ない杭は腐る。』って書いてあって、 私はすごく感動しました。あなたは、この言葉についてどう思われますか? 」・・・・・この結果事態が最悪になったとしても、 「マオカ病院」さんに全て責任転嫁出来ますので、非常に便利なコミュニケーション用語です〔爆〕。


(52) いかんやろの=(座りにくくて、ゆっくり食べられないから)ダメだろうね。


(53) 『かな泉』=香川県内では後述の『川福』と並ぶ一番の老舗の一つと思われているお店。うどんのコシは一番強い、と 言われていましたが、この点は、後発の屋島の四国村の入口の『わら屋』(この店は、『釜揚げうどん』に関しては、高松市内 では一番美味しいとぼくは思っています。)には及びません。また、『かな泉』はバブルの時に、派手な広告と不動産投資をやりす ぎたため、バブル崩壊後、大変なことになり、観音寺市の冷凍食品のカトキチに買収されてしまいました。これについては、カトキ チが買収しようとしたのか、カトキチに買収して欲しいと『かな泉』が頼んだのか、いろいろな噂が流れているので経緯の真相は 不明ですが、消費者にとっては、現在、カトキチの資本に『かな泉』が支配されているという結果だけが重要なことだと 思いますので、どっちでもよいのです〔笑〕。 ただ、カトキチの冷凍うどんが美味しいのは『かな泉』の技術が入ったためのようですし、逆に、カトキチの技術と販売ルートの お陰で『かな泉』のうどんすき(さぬきうどんを最後に入れて食べる、寄せ鍋)は美味しくなりました。このあたりもあって、 『かな泉』がセルフサービスで出しているうどんはダメなんだけど、紺屋町にある『かな泉』の2Fでいただける、うどんすき、 に入れるうどんは、セルフサービスで出しているうどんとは全く異なっていて、実に素晴らしいコシなので、うどんすきは おすすめです。ただし、高松に観光旅行で来るお客様にさぬきうどんを食べさせるために連れて行くコースに『かな泉』を入れる 旅行代理店と組んでいて、旅行代理店にマージンが落とせるような値段設定なので、価格は高くなっています。


(54) 『川福』=香川県内では、一番古い歴史のあるうどん店です。ここは、うどんよりもダシが美味しいので有名だし、実際、 そのダシを使ったうどんすきは、美味しいです。話によると、『川福』からのれん分けして出来たのが『かな泉』なのだ そうですが、高松市のライオン通り(※16)という商店街に本店があります。高松市内のセルフサービスうどん店は、基本的に、 接客において、絶対に共通語や敬語は使っていません。そんなことしたら、「偉っそげなとこや」(偉そうな言葉使い をする所だ、という意味のさぬき弁です。)という噂がたちまち広がってお客様が減ってしまうに決まっているからです。 が、『川福』レインボー通り店だけは違っていて共通語と敬語の接客と、ヨーロッパのお城か、ケーキ屋さんのような建物 でスタートしましたが、最近、なくなったようです。やっぱり、共通語による接客と建物の外観から「偉っそげなとこや」と 思われたのでしょう。 「食べまい」あるは、これのちょっと訛った「たんまい」とさぬき弁(「・・・まい」という命令形ですが、「食べようや」 という程度の意味の友達言葉の代表的なものです。)でしゃべりながら、気軽に友人と一緒に食べるうどんが、さぬき人にとって は一番大切なのです。ただ、高松は歴史の古いお店を大切にする三井グループの街で、今でも、三井グループの創業本体の三越 高松店は高松市内ナンバーワンのデパートなので、一番古い歴史のある『川福』は大丈夫だろうし、大丈夫であることを願って います。幸いにも、ライオン通りの商店街にある本店は、昔からずっとさぬき弁で接客しているので、うどんのコシとダシ の美味しさにこだわれば、将来に渡って大丈夫だろうと思っているところです。(ちなみに、Uターンする前のマーケット リサーチにおいて、高松市内の地場企業で、ぼくが一番こだわったのは、さぬき弁で切り込める法人と、共通語でないと切り込め ない法人の境目がどこになるのだろうか、ということでしたが、この境目は、「高松信用金庫」のようで、地域密着の金融 機関が着実に高松に根づいていることを確認出来、大変嬉しいことでした。)


※16 ライオン通りという商店街も、高松市内のアーケード商店街の一つです。片原町西部商店街という別の商店街の途中からスタートして、 バイパス(旧、五番丁通り)沿いまでのアーケード街のことです。このライオン通りという名称にも理由があります。終戦後、 片原町西部商店街とライオン通り商店街の交差点には「サーカス小屋」があったのですが、その「サーカス小屋」の奥様が毎日、 ライオンを連れて散歩していたところから「ライオン通り」という名称になりました。今はなくなりましたが、洋画専門の 「ライオン館」という映画館の名称も「ライオン通り」沿いにあったのでつけられた名称です。


(55) 古いけど=歴史はあるのだけど


(56) 『かな泉』は旅行代理店と組んどるけん=『かな泉』は旅行代理店と提携しているので(前述の『かな泉』(53)のところを ご参照下さい。)


(57) 銭(ぜに)がようけいるけんいかんで=お金がたくさん必要だからダメだよ。(生粋のさぬき弁では、お金のことを 銭〔ぜに〕と言いますが、三越や大手企業の支店が来たため、あまりにもひどくえげつない響きの言葉なので、ほとんど死語に なっていましたが、最近では、景気が悪いためか、「世の中銭(ぜに)やでぇー」〔世の中は、全てお金だよ、という意味〕 という拝金主義を主張するさぬき弁が、若い人達の間で流行っているようで、多々、可笑しいことがあります。)


(58) うどんすきだけは『かな泉』と『川福』は高いけどええけん=うどんすきだけは『かな泉』と『川福』は高価 だけれども美味しいから(「うどんすき」はさぬきうどんを最後に入れて食べる、寄せ鍋のことです。前述の『かな泉』(53)と 『川福』(54)のところをご参照下さい。)


(59) 段々、温(ぬく)うなってきょるけん=(気候が)段々、暖かくなって来ているから


(60) やっぱい=やはり


(61) 生醤油(大)=きじょうゆうどん(大)、茹でたてのうどん2玉か3玉をどんぶりに打ち上げて、醤油、鰹節、あさつき、 味の素をかけて混ぜて食べるスタイルのうどん


(62) ぶっかけ(大)=ぶっかけうどん(大)、かけうどんのダシよりも濃く、冷やしうどんなどを漬けて食べる時のダシよりも 薄い、独特の濃い目のダシをかけて食べるスタイルの2玉か3玉のうどん


(63) ええやろの=(うどんが)美味しいだろうね。


(64) 『さぬき麺業』やの=『さぬき麺業』ですね。(『さぬき麺業』については、前述の『さぬき麺業本店』(44)の説明を ご参照下さい)


(65) 社長がしゃんしゃんしとるけん=社長がやり手で先の読めるしっかりした方なので(「しゃんしゃんしまいよ」という 言い回しは、さぬき弁の慣用句で「しっかりしなさいよ」「きちっと仕事をしなさいよ」「手早く仕事をしなさいよ」等、 いろいろな意味で使われます。この「しゃんしゃんする」の語源は「しゃんとする」を強調するため「しゃん」を2回 繰り返したところからであると思われます。)


(66) 兵庫町の本店=『さぬき麺業』兵庫町本店、(『さぬき麺業』については、前述の『さぬき麺業本店』(44)の説明を ご参照下さい)


(67) 『ゆめタウン』の中、(68)『高松空港』の中=『さぬき麺業』の支店所在地


(69) 全部ええで=全部美味しいですよ。


(70) 高松でなしに、西の方におるんなら=高松市内じゃなく、香川県の西地区(西讃)に住んでいるのなら


(71) 『中村』でも『山越』でも、「おそるべきさぬきうどん」に出とる安うてええとこ=『中村』でも『山越』でも、ベストセラー 「おそるべきさぬきうどん」に登場している値段が安くて美味しいところ。『中村』はネギを裏の畑で自分で摘んできて刻む 所までセルフサービスにしているので有名です。村上龍氏がエッセイで「香川県で最もディープなうどん店」と書いています。 また、『山越』は、生醤油かぶっかけに生卵をからめて食べる、別名「さぬきうどんカルボナーラ」という『釜玉うどん』と、 この店のそばの泉から湧き出る水が素晴らしく、その水を使って作る手打ちうどんが美味しいので有名です。


(72) 車=自動車、自家用車


(73) ものっそ、いなーっか=ものすごく大変な田舎の方、の意味。高松旧市内に住んでいる人達は、高松旧市内以外の香川県内に 住んでいる人達に対して大変に強気で、高松旧市内はものすごく都会で、香川県内の高松旧市内以外のところは、ものすごく田舎 だと思い込んでいます。「ものっそ、いなーっか」という言い方は、田舎を冗談っぽくバカにしている口調なのですが、このよう に言う人達に限って、高松市自体が大変な田舎であることに気づいていない人達が多く、いつも可笑しく感じます。 現在、高松市内の郊外に「ゆめタウン」、さぬき市に「フジグラン」という大きなスーパーがあって、いずれもかなりな集客に なっています。わざわざ高松旧市内から買い物に行く必要もないのですが、高松旧市内の人達は高松旧市内にある「三越」や 「マルナカ」「マルヨシ」「天神前センター」等の地場のスーパーの支店の存在は認めていても、「ゆめタウン」や「フジグラン」 は興味の外にあって、存在自体知らない人達がまだ多い状況です。高松旧市内と高松旧市内でない田舎の境目は『栗林公園』とその 南にある『峰山』(みねやま)という小さな山、になっているようです。高松市番町に住んでいた当時の高高在学中だったぼくは、 両親や祖父母などから、「『峰山』には山賊がおるけん遊びに行ったらいかんで。」等と言われて脅されていました〔笑〕。 たぶん、第二次世界大戦の空襲で攻撃された地区が高松旧市内で、B29の標的にすらならなかったくらい人が住んでいなくて 疎開先になっていた田園地帯が、高松旧市内以外の地区になっているのでしょう。ちなみに、田園地帯のことを高松旧市内の人達 は、「たんぼのまん中」と言ったり、田園地帯在住の人達を「いなーっかの子」と呼んでいるようです。別に田園地帯を差別して いるわけでは全くなくて、ただ、視野が狭いので、高松市や香川県の面積が小さいことを知らないだけのようで、こういう言葉を 耳にする度に、こんな四国のような田舎の狭いところで、ちょっとビルが並んでいる都会的な場所と、田園の広がる田舎的な場所 を区別していることを可笑しく感じます〔笑〕。このあたりについては、前述の、さぬき弁での独特な言い回し(※12-D)の「まち」 もご参照下さい。


(74) 高高では勉強も出来なふうが悪いんやろけどのぅ=高松高校では勉強も出来ないと格好悪いんだろうけどねぇ、の意味。こ の中の「ふう(風)が悪い」(格好が悪い、見た目がよくない、の意味です)は、さぬき弁ではよく使われる言葉です。ただし、 「ふうが良い」とは絶対に言いませんので、見た目の悪さだけを気にする、高松の見栄っ張りな風土を代表する言葉だと言え ます〔笑〕。

かつて、附属高松中学校に通っていた当時のぼくは、大変な教育ママだった母に「克彦が高高受かってくれなんだら、ふうが悪う て、街も歩けんし、お茶会も行けんよになってしまうけん、絶対に受かりまいよ。」と随分脅されたものでした〔笑〕。

今でも、お歳暮やお中元は三越で買って贈る習慣が、高松では日常的ですが、これも、包み紙という見た目にこだわる高松の 風土から来ています。包み紙が三越でないと、ふうが悪く、人間関係にヒビが入ることもあるので、お歳暮やお中元は三越で 買って贈ることに決まっています。

また、高松商店街のお菓子屋さんにおいて、一番ブランドが高いのは、讃岐藩主の松平さん御用達の片原町西部商店街の三友堂の マロングラッセなのですが、三友堂のマロングラッセにおいても、贈り物の場合は、桐の箱に入っているマロングラッセでないと、 ふうが悪いので、失礼になることもあるんだそうです。中身が同じでも、紙の箱じゃダメなんですね〔笑〕。

前述のように、「えるめす」(31)や「じおーる」(32)も、高松では、内容ではなく、ブランド名の見た目で定着しています〔笑〕。

でも、自動車の運転において、香川県のシートベルト着用率が全国ナンバー1と優れているのは、たぶん、このあたりの「見た目 の悪さを気にする」風土から来ているのでしょうから、よい影響もあります。運転が上手くても下手でも、 中身はどうでもよくて、とりあえず「ふうが悪い」といけないので、シートベルトは締めています〔笑〕。 右翼の街宣車を高松市内から一層出来ない程度の香川県警の力よりも、この見栄っ張りな風土の方が必ず、シートベルト着用率の 向上には大きく寄与しているはずです〔笑〕。

香川県の西の地区〔西讃地区〕では「ふうが悪い」が「ふが悪い」と訛っていると、高松旧市内の人達は言っていますが、「さぬ き弁」同士、訛るも訛らないもありませんよね〔爆〕。


(75) 屋島の第一健康ランド=高松市東部の屋島の先端にあるサウナ、温泉、露天風呂、レストラン、居酒屋、喫茶店、ゲーム センター等を融合した健康センター


(76) しまあせ=しなさいよ。


(77) ほんだけどのぅ=だけどねえ


(78) しもうたけん=しまったから


(79) しもうとんでぇ=しまっていますよ。


(80) 丸亀町=前述の説明(※07)をご参照下さい。


(81) 古馬場=北古馬場、中古馬場、南古馬場、という3本の筋からなる、高松市中心部の飲み屋街、高高からも近いです。


(82) 気ぃつけとかんといかんでぇ=気をつけないといけないですよ。


(83) 夏の甲子園目指す言よったけどのぉ=夏の甲子園出場を目指す、と言っていたけれどもね


(84) がんばりまいよ=がんばりなさいよ。


(85) みんなの悪口言よる人がおったら=(高高野球部の)皆様のことを悪く言う人がいらっしゃるようだったら


(86) 『ほーなー』『ほーなー』言うとったらえんじゃー=聞き流しておけばいいんだよ、の意味。「ほーなー」はさぬき弁独特 の、「そうなの」「そうなんだね」という意味の相槌を打つ言葉ですが、実は、聞き流す言葉なのです。阿波弁の「ほーえー」と全く同じです。 その証拠に「ほーなー」と数回相手の言うことに対して受け答えた後には必ず「そやけどの」(だけどね、の意味)で始まる 反論が続きますので、相槌を打つふりをして相手の言うことを聞き流して、自分がしゃべる出番が来るのを待つ言葉です。 このように、一連の対話において、相手の言ったことに対して「ほーなー」「ほーなー」と丸い感じの言葉で「そうなんだね」 と聞き流しながら反論の前置詞のように「ほーなー」は使われていて、ある面、さぬき弁のずるい部分の出た言葉です。

が、「ほーなー」は高松で生まれ育ったぼくなんかにとっては、さぬき弁を代表する大切な言葉で、東京にいた当時、 高松で開催された高高50年会の同窓会に出席した時、東京でのいろんなことを一生懸命しゃべっているぼくに、ずっと高松に いた同窓生が「ほーなー」と聞き流してくれた時には、「ああ、田舎に帰って来たんだ。」と感じて、体中の力が抜けて、ほっと したものでした。

東京だったら「そうなんだね。」と、君の言うことを確かに聞いたよ、という意味の言葉を返してくれるので、テンポよく、次に 話が進むのですが、「ほーなー」と聞き流されると、なんだかほっとして時間の流れがゆったりします。

この「ほーなー」と同じようなほっとする感覚に浸れるさぬき弁が「かまんでないんな」ですね。「かまんでないんな」は、 かまわないんじゃないの、という意味ですが、さぬき弁のイントネーションで言われると、かまわないのか、かまわなくないのか、 はっきりした意志は伝わって来ませんので、どっちでもいいよな、もう家に帰って昼寝でもしようか、という曖昧なモワーッと した気分に浸れる独特の“癒し”系の言葉です〔笑〕。


(87) わしら=私達、ぼくたち(生粋のさぬき弁では、自分のことを「わし」と言います。)


(88) こらえんけん=許さないから


(89) 練習しまーせ=練習しなさいよ。


※ 以上、たくさんの「なんとなくクリスタルげなさぬき弁の注釈等」で、ヤッシーに負けな いようにぼくの知っていること、感じていること等々、いーーーっぱい書きました。


ご不満を感じたり不愉快になった各位の皆様には深く深くお詫び申し上げます。高松市内在住の中高年以上の皆様におかれまして は、『かまんでないんな』とファジーにお許し下さいませ〔笑〕。


いやいや、こんな奴絶対に許せない、と思われる皆様は、コシの強いさぬきうどんをお持ちいただいて、それで ぼくの首を締めて下さっても構いませんよ〔爆〕。







〔最後にもう一言・・・
サティー風のエピローグ(爆)〕



最後に、今回のこのエッセイはアーティストのぼくとして基本的にあまり興味のない 下界の出来事を久しぶりに書きましたので、ついでに、四国人のぼくが、最近の日本政府、小泉総理の行なっている諸政策という、 下界のよしなしごとについて感じていることも思いつくままに羅列しましょう。

ただし、この先書くことに関しましては、ぼくは絶対にお詫びしませんので、 悪しからずご了承下さい。


1. 小泉総理の中身のない大義名分

小泉総理の言う大義名分は聞き飽きました。中身をちゃんと整えましょう。
「将来の日本の子供達に夢を残して引継ぎたいので規制緩和、郵政民営化、借金の返済を断行する」という大義名分がある ようです。
まず、この大義名分の『日本の子供達』は全く意味不明です。日本のどの地区在住の子供達なのか具体的に述べましょう。
次に、『規制緩和』は大いに結構ですからさっさとやりましょう。段階的に行なうのなら、一挙に出来ない背景の利害癒着関係が どうなっているのか、詳細に説明しましょう。
そして、『郵政民営化』なんて出来るのですか? 国民は出来ても出来なくても構わないと思っています。ただ、サービスが 日本の全地域において絶対的に向上することのみが必須なのです。
最後に、借金が返済出来ないのなら、日本政府は、一端破産して出直してもいいのじゃないですか。責任転嫁するよりははるかに 潔いと思いますよ。


2. 小泉総理の礼節のなさ

田中真紀子氏を利用するだけ利用して切り捨てたことを、小泉総理はもうすっかりお忘れになっているようですが、国民は 絶対に覚えていますよ。誰のお陰で総理大臣になれたのかきっちりと礼節を尽くせないような人は、いつかハシゴを 外されることを覚悟しましょう。
バツイチになった時点で、同様の経験はしているとタカをくくっていたら痛い目にあいますよ。


3. 小泉総理のファッション

靖国神社に紋付袴でお参りされることは、小泉総理の勝手です。が、紋付袴が正装だとお考えになっているのならば、先進国首脳 会議も、海外出張も、そして、一番大切な国会の答弁においても、全て、紋付袴にするべきでしょう。
一国の総理大臣としても、民主主義国家の日本の一国民としても、国会よりも一宗教法人に過ぎない靖国神社が大切である等 ということは、絶対に許されないことです。


4. 小泉総理の自己啓発

竹中大臣のような経済学者に何か出来るのですか? いや、それ以前に、女優の扇大臣に何か出来たのですか?
適材適所の人事能力が全くない小泉総理のことはみんな知っています。
慶應大学学閥や見た目の美しさを利用して、付和雷同な大臣を揃えるのではなく、ご自身の人事能力を自己啓発することの方が 先じゃないですか?


5. 小泉総理の歴史観の不足

小泉総理の公私混同は日本的で大いに結構ですし、「人生いろいろ」でよいのです。
ですから、ビッグバンから引続き行なわれている、日本をグローバルスタンダードにする政策は、一端打ち切って、日本の全地域 在住の全国民一人一人の人生の積み重ねであるところの日本各地の歴史をもう一度ゆっくり勉強しましょう。
ほとんど全ての国会議員が無能で、歴史観とかけ離れた非普遍的な凡人であることくらい、長く総理大臣をされていればご存知の はずでしょうから、総理大臣以外の誰が出来ると言うのですか?


6. 『個人情報保護法』の施行

4月から施行される『個人情報保護法』は、東京をベースに考えられたものです。
四国のような田舎の人間関係を東京のように殺伐としたものにしてしまうバカげた法律です。このような人間関係や地域文化、 民度に抵触する法律の施行は、日本国として統一する必要は全くありません。都道府県レヴェルでも不十分ですから、市町村単位 レヴェルの各地方公共団体の好き勝手にすべき案件です。
「人生いろいろ」ですから「病院もいろいろ」「患者もいろいろ」です。患者の固有名詞を呼ぶか呼ばないかがその地域で許される のか許されないのかは、その地域におけるその医療法人の公共性や担当医師の人間性にかかわることで、このようなものは、 トップダウンで法律で縛って改善させるようなことじゃありません。ダメな医者はダメなんだし、ダメな医者しか選べない患者も ダメなんですから。
どうしても、トップダウンでやりたいのならば、『個人情報保護法』のこのあたりの規定を作る暇を使って、日本全国の医療法人 をリサーチして、ダメな医者のブラックリストを首相官邸で作って、ダメな医者の資格を、順次剥奪していけばよいのです。
ダラダラと総理大臣をお続けになるのなら、こういう重要な案件でこそ、小泉総理はリーダーシップ(このようなリーダーシップ が小泉総理に備わっているのかどうか、国民はみんな疑問視していますね。)を発揮すべきです。


7. 全公務員への最低限の教育の提供

霞ヶ関勤務の皆様には、「公務員は国民の公僕である」という一番大切な事項の教育をきちんと施し、常にリピートしましょ う。そして、都道府県、市町村は霞ヶ関の支配下にあるようですから、全ての公務員への、このあたりの最低限の教育予算くらい は、公私混同の大好きな小泉総理のポケットマネーで出すくらいの覚悟で、総理官邸が全額出費すべきです。
聞こえてくる様々なお話では、ここの全公務員への周知徹底が一番欠落しているように感じています。
日本国民は平等なのですから、国民の公僕の公務員の就業姿勢と国民に提供するサービスの質と量は、地域性とは無関係で、 一国単位で同一でなくてはなりません。
この程度のことも出来ないのならば、総理失格ですから、北海道地方、東北地方、関東地方、北陸地方、東海地方、関西地方、 中国地方、四国地方、九州地方、沖縄地方あたりでザックリと10個くらいの独立国家にして、総理大臣を10人作る手もあります 〔笑〕。そして、お互いの10コの独立国家で情報を共有化し、各国公務員同士のそれぞれの国民へのサービスの提供の競争を すれば、全ての地域に在住している10国の国民は、初めて幸福になれます〔笑〕。


8. 日本国憲法の改正

前項と関係しますが、四国人のぼくとしては、日本国憲法の改正よりも、四国国憲法の制定に興味があります〔爆〕。
現在、他の地方に住んでいる心ある人々もそう思っているのじゃありませんか?


9. 今後の日本の選挙制度

今後の日本の選挙制度は、全て、ローマ教皇を選ぶのんびりと何回も行なうような手法にすればよいと思います〔笑〕。
汚職、フィクサー、黒幕を一掃出来る素晴らしい選挙制度だと思いませんか?〔笑〕


10. 今後の日本独自の考え方の創造と定着促進

神と悪魔、勝ち組と負け組、強者と弱者、と同様、右翼か左翼か、という二律背反的な考え方はキリスト教やゾロアスター教の 考え方です。日本国民の大半が信仰している全体への広がりを重要視する仏教の考え方ではありません。
日本が仏教国家になる必要は全くありませんが、第二次世界大戦後、だいぶ時も流れていますので、そろそろ、キリスト教的な ものの考え方の物真似はやめてもいいのじゃありませんか。
日本人のものの考え方がどうなろうと、もう過去の遺物化している「日米安保条約」には絶対に抵触しないでしょう〔爆〕。


11. 日本が滅ぶ前に、やるべきこと

現在の日本が滅ぶまでには、まだまだ時間はたっぷりあるようです〔爆〕。その間に、やっておかなくてはならないことは、右翼 、左翼に続いて、21世紀の始まってしまった昨今ですから、上翼、下翼、右斜め上翼、左斜め上翼、右斜め下翼、左斜め下翼等の 二次元的な翼、必要に応じて、三次元的な翼がいっぱい出来て訳がわからなくしておくことです。前述のように、全体への広がり を重視する仏教的な考え方にもフィットしますので、一挙両得ですし、こうしておけば、今後の若者のさらに多様で バーチャルな価値観にも対応出来るようになるかもしれませんね〔爆〕。
小泉総理の場合、最低でも、「上翼」「下翼」あたりの新しい集合体を作られたらいかがでしょう〔爆〕。
いつまで、ぼくの早稲田大学の先輩(と言っても、ぼくが卒業したのは政治経済学部で、あのバカな先輩は商学部卒業なので、 一緒にされるのは真っ平なのですが)で最も無能で、中学生レヴェルの初歩的な英語もろくにしゃべれず、沖縄サミットに 出席されたクリントン大統領をお迎えした際に、“How are you?”(お元気ですか?)と言うべきところを、 “Who are you?”(あんたは、誰ですの?)何て言ってしまい、CNN中継で、全世界の顰蹙の対象になったような 森前総理の派閥にお頼りになるおつもりなのですか?〔爆〕









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