サン=サーンスらが作った、『国民音楽協会』から分離独立した『独立音楽協会』(会長;フォーレ、会員;ドビュッシー、
ラヴェル等)において行なわれた「作曲者の名を伏せた」演奏会は、今日に至るまで、唯一の試みとして、多くの教訓を残し
ました。
これは、広く知られていない音楽作品を、古典、ロマン派、近現代、全てごちゃ混ぜにして演奏会をして、解答用紙を
聴衆に配り、作曲者名をあててもらう、という前代未聞の演奏会であったようですが、日常、よく耳にしている
「モーツァルトの作品はモーツァルト節だから絶対にわかる」という定説にもかかわらず、モーツァルトの作品をグルックの
作品と答えたり、ヘンデルをワグナーと、ルネッサンスの作品をストラヴィンスキーと答える等、惨々たる結果であった
ようです。
特に、ラヴェルの「高雅で感傷的なワルツ」が、この「作曲者の名を伏せた」演奏会で
初演された時のことを、ヴュイエルモーズは次のように書いていますので、ご紹介しましょう。
最初の一小節目から、すべての人は耳をそば立てた。
「このワルツにはどうしてこんなに誤った音符があるんだろう。」
「何という悪い冗談なんだ。」
「悪ふざけもよいところだ。」
「主催者のたくらみかな。」・・・・・
ホールには冷笑や口笛が出始めた。ラヴェルの回りにすわっていた上品ぶったラヴェリアンたちも活発にこの抗議に加わって、
このような凡庸な作品をとりあげたことに憤慨し、その「恐るべき」曲の作者に対する容赦ない嘲笑はひろがって行った。
「水の戯れ」の作曲者は、これらの非難をじっと忍耐強く受けとめ、約束を守って何も発言しなかった。
演奏会が終わった時、もっとひどい事態が彼を待ち受けていた。頑固な「ラヴェル党」として知られたある著名な批評家が、
ラヴェルに近づいて声高に告げた。私はそこに居合わせたので、その言葉通りに記すが、
「こんなくだらない曲をプロク゜ラムに入れてわれわれをだまそうとするのはよくありませんよ。誰もその手には乗りません。
これは明らかにショパンのワルツを漫然と聞いてそれを真似しようとしたアマチュアの作品です。しかも彼が全く技法を
欠いていることは、あまりにも明らかです。それは、スペードのエースのように忌むべきものです。われわれがこんな馬鹿げた
ものを取り上げる必要は全くありませんよ。」
そして、彼は自分の見識を披露したことに満足して、立ち去った。
われわれは、集まった人たちがすべての聴衆を代表するのではないにしても、しばしば演奏会へ足をはこぶ人として、必ずしも
全員が音楽史のそれぞれの時代を区分している特性的な様式や、語法についての概念を持っておらず、ある特定の作品が属する
時代を取り違えがちだということを、証明することができた。ある音楽が置かれた時代に共通する語法は、彼らにとって
全く知覚し難いものである。
演奏会に集まる人々のほとんどは、専らフルートの調べに魅せられ、オーボエの調べに注意を集め、チェロの旋律に感動し、
またホルンの響きに心を痛めるなど、耳にふれるオーケストラの多彩な音色に満足を求めてやって来るのである。このような
事態は痛ましく、そして哀しいことである。われわれの演奏会を聞きに来てくれる人々の大部分は、交響曲、あるいはソナタ
の演奏によって、単に肉体的に楽しむだけであり、学問のない中国人が素晴らしい声でラシーヌの詩が朗読されるのを聞いて、
ただその響きを楽しむが言葉は何一つとして理解していないのと、ちょうど同じなのである。
ああ、このような恐ろしい無理解の上に、一般的な成功は形作られているのだ。
・・・・・ヴュイエルモーズ・・・・・
この、ヴュイエルモーズの名言の前に、ぼくは何もつけ加えることはありません。
「知識と感性」「響きと語法」の違い
を認識出来る謙虚な音楽評論家や、音楽をただ素直に聴くような非俗物的オーディエンスは、
未来永劫現れることはないのでしょう。
音楽作品が始まってから終わるまでの時間、
彼らの上を、
太宰治が『人間失格』の最後で言っているように、
「ただ、一切は、すぎてゆくのです。」
プロもアマも、全ての音楽家は響きを提供しているのではない。
音楽評論家や俗物的オーディエンスのいるサロンコンサートで
自作自演を含む演奏を提供することは時間の無駄使いです。「ピアノと遊ぶ会」は結成以来ずっと、
こういう音楽評論家や俗物的オーディエンスを全て、幹事会の力によって『サロンコンサート』から追放して来ました。
皆様ご高承のとおりです。
でも、「ピアノと遊ぶ会」結成に関わった、アマチュア作曲家の仲間達は、ぼくも含め、
『マルテの手記』のように、周囲の音楽評論家や俗物的聴衆に対して、無理解に生きてゆくほかないのでしょうね。
空しい世の中です。
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