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岡田克彦プロフィール


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BGM;MP3:ドビュッシー作曲「映像第1集」より、『水面に映る光と影』(エンドレス)
by クラシック名曲サウンドライブラリー

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ご来客数;

[SINCE 2001.3.16.]



私の最新代表作

ピアノ組曲「記憶の底の栗林公園」
(全18曲) OP.111


東京・御茶ノ水カザルスホール      東京・御茶ノ水カザルスホール


*背景は私の生まれた高松市の栗林公園、写真は、備讃瀬戸内海の穏やかな島影、瀬戸大橋の一日。

さらに、東京にいた若い頃の、第1回カザルスホール・アマチュア室内楽フェスティパル(1988.2.21.)、第2回カザルスホール・アマチュア室内楽フェスティパル(1989.2.12.)で出演した時の写真、

1994年、37歳当時に母の介護のために、四国高松にUターンした後の写真から、山陽テレビ出演、岡山での6年ぶりのカムバックサロンコンサート(2000.4.9.)、岡山後楽園築庭300年祭/名月鑑賞会/岡田克彦ピアノソロコンサートと江守徹さんと平野啓子さんの朗読とのデュオでの十六夜朗読会(2000.9.13.キャパシティー4000人)、倉敷の御園サロンコンサート(2001.1.31.)、倉敷の御園サロン(2001.3.27.)での写真、

そして、母の具合が悪くなって数年間演奏活動を中断した後、母が2006年9月19日に他界して一周忌が過ぎて久しぶりにステージカムバックして、母との思い出で作曲したピアノ組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」(全18曲)の初演で出演した「栗林公園庭園コンサート」(2007.10.14.)の写真と、自宅でのスナップです。


瀬戸内海

私の生まれた備讃瀬戸内海の穏やかな島影

瀬戸大橋  瀬戸大橋  瀬戸大橋

ぼ く の 住 む 四 国 か ら 見 た 瀬 戸 大 橋 の 一 日






1957年1月10日、香川県高松市生まれ。3歳よりピアノ、11歳より作曲を始める。ピアノを石井ルリ子氏に、作曲を、 故、座光寺公明氏と故、小倉朗氏に師事。

1973年、香川県立高松高等学校2年生(16歳)当時に、シアトル.USAに短期留学。この際、シアトル市長宅 サロン(キャパシティー100人)で、初めてのピアノソロリサイタルを「オール・ショパン・プログラム」にて開催、 出演する。〔この時の思い出は、こちらのエッセイに掲載しています。  → 「栄養マヨネーズの思い出」 〕

1977年、早稲田大学政治経済学部在学中に、東京のアマチュア作曲家仲間と「ピアノと遊ぶ会」(旧名称;「ショパン愛好会」)を結成。自作、 ピアノ曲、室内楽曲演奏、演奏会プロデュース活動を開始。

1979年、住友信託銀行に入社と共に、「日本アマチュア演奏家協会(APA・エイパ)」に入会。プロデュース 担当理事として活動を本格化し、「ラヴィーヌ樂派(フランス近代音楽の会)」「原宿マ・ノン・トロッポの会」 「ピアノと遊ぶ会・外務省チャリティコンサート」「大阪コンセール・コスモ」「大阪市福島区民文化の集い」 等、200を越える、サロン、ホールコンサートをプロデュースし、出演。

「東京御茶ノ水・カザルスホール・アマチュア室内楽オーディション」において、1988年に、フォーレ作曲の 『ピアノ四重奏曲No.1 OP.15 ハ短調』で第2位、1989年に、自作の『クラリネットとピアノのためのドメスティック なラプソディーOP.61』で第1位を受賞。




1988.2.21.
「第1回 カザルスホールアマチュア室内楽フェスティバル」
〔東京・御茶ノ水〕(アウフタクト主催)


1988.2.21.カザルスホール・第1回アマチュア室内楽フェスティバル・フォーレ「ピアノ四重奏 No.1 OP.15」〔ラヴィーヌ・カルテットでの出演〕風景(大正海上文化財団撮影)

フォーレ「ピアノ四重奏 No.1 OP.15」〔ラヴィーヌ・カルテットでの出演〕風景
(大正海上文化財団撮影)



1989.2.12.
「第2回 カザルスホールアマチュア室内楽フェスティバル」
〔東京・御茶ノ水〕(アウフタクト主催)


1989.2.12.カザルスホール・第2回アマチュア室内楽フェスティバル・岡田克彦「クラリネットとピアノのためのドメスティックなラプソディー OP.61」〔ラヴィーヌ・デュオでの出演〕風景(大正海上文化財団撮影)

岡田克彦作曲「クラリネットとピアノのためのドメスティックなラプソディー OP.61」
〔ラヴィーヌ・デュオでの出演〕風景(大正海上文化財団撮影)





1994年に、母親と祖母の介護のため、四国・高松へUターンしましたので、 演奏活動を中断し作曲活動に専念していましたが、周囲の要請(早稲田大学政経学部堀家文吉郎教授研究室の仲間で、ジャーナリストになった方のすすめ)から、 2000年3月17日、「山陽TVイブニングニュース・金曜アーティストインタビュー」に出演し、同年、4月9日、岡山市デビッド・ホールにて、 6年ぶりのカムバック・サロンコンサートに、ショパン、ドビュッシー、シューマンのピアノソロ曲、チェロとのデュオ曲、 自作ピアノ曲、ショパンのパロディー、ショパンと浜田省吾のミックスアレンジ、ジャズスタンダードという、作曲をやって いるピアニストとしての、バラエティーなプログラムで出演しました。








2000年3月17日(金)午後18:27〜 約15分間
山陽TVイブニングニュース出演


2000.3.17.(金)午後18:27〜 約15分間、山陽TVイブニングニュース出演




2000年4月9日、岡山デビッドホール
「岡田克彦 カムバック・サロンコンサート」


2000.4.9.岡山デビッドホール「岡田克彦 カムバック・サロンコンサート」出演風景

2000.4.9.岡山デビッドホール
「岡田克彦 カムバック・サロンコンサート」
・・・・・ピアノソロ、室内楽と楽しい作曲に関するトークでの演奏風景






しかし、驚いたことに、山陽TVイブニングニュースをご覧になった石井岡山県知事と村上岡山県知事室長から招聘が来て、2000年9月13日、 「岡山後楽園築庭300年祭・名月鑑賞会・ピアノコンサート/十六夜朗読会」(岡山県庁主催)に、J.S.バッハ、 ベートーヴェン、ショパンからサティー、ジャズスタスンダードまでのかなり幅広いレパートリーのピアノソロと、 俳優の江守徹氏と語り部の平野啓子氏との朗読のBGM自作自演の共演で出演しました。
特に、平野啓子氏朗読のメルヘン「ラブ・ユー・フォーエバー」のBGMに、フォーレ、ラヴェル、ドビュッシー、 ラフマニノフ、シューマンの諸作品のモティーフを組み入れたピアノソロ曲が、当日の聴衆、約2500人からご好評を いただきました。




2000.9.13.「岡山後楽園築庭300年祭・名月鑑賞会
コンサート/十六夜朗読会」
(岡山県庁主催)


岡山後楽園チラシ上のプロフィール

「おかやま後楽園築庭300年祭・名月鑑賞会・ピアノコンサート/十六夜朗読会」
チラシの私の写真入りプロフィール
2000.9.13.江守徹氏らと共演の岡山後楽園築庭300年祭名月鑑賞会
出演の際のチラシでの私の写真入りプロフィールが出て来ましたので掲載します。
当時、私は、非常に痩せてました。
きっとパソコンを購入する少し前だったからなんだろうな(笑)。
パソコンをやるとホリエモンに近づくんだろう(爆)。




岡山後楽園・ピアノソロ

岡田克彦ピアノソロ
(バッハ、ロマン派、近代、
ジャズまで幅広いレパートリーを披露)

岡山後楽園・デュオ

平野啓子さんの朗読と
岡田克彦自作ピアノ曲自作自演の
デュオ









さらに、前述の「岡田克彦・カムバック・サロンコンサート」、「岡山後楽園築庭300年祭・名月鑑賞会・ピアノコンサート /十六夜朗読会」(岡山県庁主催)に来られた、岡山と倉敷のオーディエンスの皆様が、2001年1月31日に、倉敷の旅館 「御園(みその)」主催の「21世紀初のサロンコンサート/第1回倉敷サロンコンサート/岡田克彦の世界」を全て、セット して下さり出演しました。この、2001年1月31日の「21世紀初のサロンコンサート/第一回倉敷サロンコンサート/岡田克彦 の世界」(御園旅館のクラシック音楽に深い理解のある若女将の今井真貴子様が中心になった御園harmony主催)においては、 ショパンの作品と自作ピアノ曲を中心に出演し、今後定期的な出演を依頼されています。




また、その流れで、ホテルグランヴィア岡山で、2001.7.5.岡山日経懇話会での指揮者の小澤征爾さんの弟の小沢幹雄さん の講演とのコラボ出演 や、岡山市プラザホテルでの 2001.9.17.ケアフレンズ岡山9月例会・ミニ音楽会 もあり ました。

その後、2002年以降は、松山市道後ふなや旅館での「お品書きコンサート」や高松全日空ホテルでの「サロンコンサート」等、 いろいろな委嘱によるコンサートやホームコンサートも10回程度ありました。

2001年3月より、友人の勧めでこのホームページを開設し、自作の音楽等をエッセイと共に掲載しましたが、自作ピアノ曲が非常に 好評で、東京在住のファンの皆様がわざわざ高松まで打ち合わせに来られて、2003年5月に自作ピアノ曲のCDが発売されました。
また、2001年に、出身地の香川県のKSB(瀬戸内海放送局)の依頼で、『ギュっ!とKAGAWA』コメンテーター&ピアノを楽しむ達人 として、ピアノ演奏に関するエッセイをウェブ上で執筆しました。

が、一時期、このホームページに併設していた掲示板に、心無い若い人達の書込みがあったことから、2002年以降の演奏活動に ついては、ウェブ上では一切公開していませんでしたし、KSB(瀬戸内海放送局)の委嘱もお断りしました。

マスコミやホームページを利用して、自分のライフワークの作曲活動をPRしようなどという野心は、過去から現在、そして将来に渡るまで、 全くありませんので、そのような野心に基づいてホームページを開設して、実際に会ったこともない人達にPRしたり、ヤッカミと 作曲もピアノも出来ないコンプレックスから実際に会う勇気もないのに、匿名であることをいいことに、好き放題の批判、誹謗中傷を 繰り返している、最近の音大生や音大卒業生、演奏も作曲も出来ないのに音楽評論が出来ると思い上がっているオタクなCD鑑賞家や、 音大生崩れが大半の無能な音楽業界人達等と同列に扱われることは真っ平でしたからね(笑)。







2001年1月31日、倉敷御園旅館・サロンコンサート「岡田克彦の世界」にて

倉敷御園旅館サロンコンサートより



倉敷御園旅館サロンコンサートより




2001年3月27日、倉敷御園旅館ジョイントサロンにて、
アンコールに富山県のピアニストK.Y.君とぼくで、ドビュッシーの「小組曲」連弾


2001.3.27.倉敷御園旅館ジョイントサロンにて



2001年、初夏、.KSB(瀬戸内海放送)「ギュっ!とKAGAWA」コメンテータ・オフ会(右端が私)

2001年、初夏、.KSB(瀬戸内海放送)「ギュっ!とKAGAWA」コメンテータ・オフ会にて(右端が私)







ところが、2002年頃から、高松の自宅で介護していた母の具合が悪くなり、患っていた肝硬変の末期症状で、就寝中の突然の出血等が起こりましたので、演奏活動は、一部の懇意な人に頼まれた場合を除いて、中断していました。

が、その母が、2006年9月19日に、脳幹部脳内出血で意識不明で突然倒れて、わずか1ヶ月で逝去しました。

さすがに、しばらくの間は、何もする気がしませんでした。

香川県庁主催の、栗林公園庭園コンサートへの出演依頼が来たのは、2007年4月の頭でした。

栗林公園は、母が大好きな公園でした。特に、母は、江戸千家不白流の茶道が趣味でしたので、栗林公園の中のお茶室に行くことを本当に楽しみにしていましたが、 庭園コンサートのお話を聞いたとき、真っ先に私の脳裏によみがえったのは、母を最後に栗林公園に連れて行ったとき、行きたかったお茶室にたどり着く前に、腰が痛くなって、梅林橋のたもとの茶店で一服して帰った、2006年3月のことでした。

すぐそばの梅が満開でした。


「お母さん梅が満開だよ。」

「うわぁー、ものっそ綺麗なのう。もうすぐ春が来るんやのう。やっぱり栗林公園はええのう。お母さんのう、来年の春こそは丈夫になって掬月亭まで行くけん、克彦すまんけどのう、また栗林公園に連れて来てえたのう。」

「わかったわかった。ぼくにまかせまい。はよ元気になりまいよ。」


母が亡くなる半年前でした。梅の香りが漂ってきて、春の訪れを予感しました。

このときの梅の香りがモチーフになって、ぼくの頭の中で鳴りましたので、その場で、自作自演で出演することを言い、 2007年4月23日の夜、数時間で、新作ピアノ組曲『記憶の底の栗林公園 OP.111』を一気に書きました。

下記のような18曲の小品集でした。

岡田克彦作曲;ピアノ組曲『記憶の底の栗林公園 OP.111』

1.プロローグ

2.講武射の芝生

3.三島一連の池の仙磯(せんぎ)

4.花しょうぶ園

5.日暮亭

6.鳳尾塢(ほうびう)

7.小普陀(しょうふだ)

8.会僊巖(かいせんがん)

9.麩にかぶりつく鯉

10.吹上の朝

11.楓岸のギャロップ

12.雨の掬月亭

13.飛来峰から

14.梅林橋の梅

15.桜の馬場のトッカータ

16.晩鐘

17.家路

18.エピローグ

2007.10.14.栗林公園庭園コンサートポスター 2007.10.14.栗林公園庭園コンサート




そして、一周忌も終わった2007年10月14日に、栗林公園庭園コンサートで、この、母の思い出の詰まった新作を初演しました。母の骨壷を持参して、ピアノのそばに置いて、 聴いていただきました。この日を境に、私は、平常心に戻れたように思っています。









一方で、母と一緒に生前からよくコーヒーを飲みに行った、高松市の逸(すぐる)コーヒー店の社長が、母を亡くしてしゅんとなっていた私を励まそうと、2007年の6月に、そこのお店に以前からずっとあって、いつもアマチュアがライブをしていた小さなサロンステージで私が演奏出来るようにピアノを置いてくれました。

そこで、友人のフラメンコギター奏者の久保田さんとコラボで、毎週週末の土曜日の夜7時からのサロンコンサートをスタートし、2008年からクラシックの室内楽も加えておりますが、ここを私の自作自演のさしあたってのホームグラウンドにしています。


聴衆と同じ目の高さの逸珈琲店のサロンステージ     逸珈琲店のサロンステージにて演奏中

第2回 高松市逸(すぐる)珈琲店 室内楽サロン・・・・・ヴィオラとピアノの夕べ



また、2007年10月14日の、栗林公園庭園コンサートへの出演がご縁で出会った人達や、SNSのミクシィでリンクしている旧知の皆様からのご依頼等で、いろいろ、コンサートをやっております。

以下は、その一部です。


『2007.12.23.香川県まんのう町・ログハウス「ママハウス」
クリスマス・ジョイントコンサート』





『2007.12.29.香川県高松市「逸(すぐる)コーヒー店」
2007年・年忘れ・ジョイントコンサート』





『2008.02.07.香川県高松市「四国電力ヨンデンプラザ高松」
室内楽・ジョイントコンサート & FM高松実況出演』





『2008.03.29.香川県高松市「逸(すぐる)コーヒー店」
第1回高松室内楽サロン』





『2008.05.03.香川県高松市「逸(すぐる)コーヒー店」
第2回高松室内楽サロン』





『2008.10.11.香川県高松市「逸(すぐる)コーヒー店」
第3回高松室内楽サロン』





『2009.4.19.香川県高松市「サンポート高松」
おいで MY フェスタ 2009・チャリティコンサート』


20090419.サンポート高松・おいで MY フェスタ・チャリティコンサート・「讃岐ブギウギ」コラボ演奏

2009年4月19日、せとちとせさんの愉快な新作「讃岐ブギウギ」を
私の編曲で初演している時の、ボーカル、津軽三味線、ピアノのコラボ3人の共演写真



20090419.サンポート高松・おいで MY フェスタ・チャリティコンサート・J.S.バッハ作曲「平均律第1巻24番・ロ短調フーガ」演奏時

2009年4月19日、「J.S.バッハ・平均律第1巻24番ロ短調フーガ」を
自由に楽しく演奏している時の写真



20090419.サンポート高松・おいで MY フェスタ・チャリティコンサート・書道詩人てらきち氏のパフォーマンスとのコラボ

2009年4月19日、書道詩人てらきち氏のパフォーマンスとのコラボの写真








・・・・・以上が、一応、私のライフワークの音楽プロフィールです。

私の音楽活動のモットーは、ドビュッシーの提唱していたアンチ・ディレッタント、つまり、アンチ・オタクです。 音楽の目的はコミュニケーションであって、作曲や演奏はそれを実現するための手段に過ぎないと思っています。 密室の演奏は何も伝わりませんからナンセンスで、聴衆のいるライブでなくてはならないと考えています。また、 音楽ジャンルについては、ピタゴラスが音楽比例式で確立した純正調の12の音が、ピアノという鍵盤楽器の登場によって、 平均律に変換して以来、何の変更もありませんので、クラシック、ジャズ、ロック、フュージョン等のジャンル分けは、 リズム等の楽曲の一部に関するもので、大した意味はないと思っています。(この点については、浜田省吾とショパンを ミックスアレンジするなど、既に、最近、岡山、香川では立証済みです。 ただ、クラシックの世界では、以上のような点について、 様々な誤解があるようです。それから、音楽作品は美術に例えるならば、時間というキャンパスに書かれた絵だということ、 時間芸術であるということは、いつも忘れないでいたいことです。だからこそ、舞踊とか、朗読といった他ジャンルの時間芸術 との共演は素晴らしいことです。物理的に2時間かかる音楽作品を聴いた人がそれを10分位に感じたら、その作品は間違いなく 傑作だろうと思います。






現在、「ピアノと遊ぶ会」(ピアニスト・弦管楽器奏者、オーディエンス等、東京、大阪を中心にした会員、約600名の親睦団体)の 会長をしていますので、いろいろと交流はあるのですけど、会員や関係者の大半は、40歳代後半から50歳代になっていますので、 もう人生の三分の二は終了していますから、何かあったら会うこともありますけど、ピアノって楽器は、みんな死ぬまで続けるだろう と思っていますので、永久につながっていますね(笑)。

・・・・・・岡田さん、いつまで作曲続けるの ? ってよく聞かれます。

「う〜〜〜ん。バッハのマタイ受難曲かモーツァルトのレクイエム、クラスの曲が書けるまではね。」何て、随分、 能天気に、答えることにしています。いいモチーフが浮かぶ時は浮かびますから、焦っても仕方ないですし、私にとって、 作曲は、ライフワークで、死ぬまでやりたいですからね。

以上のような、基本的に、あまり年功序列にこだわらない、能天気な私の生き方の原点を実感し、実践してみようと 思ったのは、たぶん、高校2年(16歳)の時、アメリカのシアトルに短期留学し、真の個人主義とデモクラシーの 社会に触れることが出来た時だったようです。そして、私の生まれて初めてのピアノソロリサイタルが開催されたのが、 その時で、日本ではなくアメリカのシアトルだったことも、とてもラッキーだったと思っています。

この時のことは、下記エッセイに執筆していますので、ご参照下さい。





高松の自宅書斎にて

2003.8.24.高松の自宅書斎で
作曲活動の合い間にちょっと一服






約750曲の自作全作品中の、主要作品





高松全日空ホテル  APA埼玉例会  倉敷御園旅館


室内楽曲、歌曲、朗読や舞踊等の他の時間芸術との共演作品

「4本のリコーダのためのフーガ OP.13」
「弦楽四重奏曲No.1 OP.43」
「ソプラノとピアノのための『枕草子』 OP.46」
「ヴァイオリンとピアノのためのファンタジー OP.58」
「クラリネットとピアノのためのドメスティックなラプソディー OP.61」
「座光寺君の思い出のための、ヴァイオリン、クラリネット、ピアノのための三章 OP.62」
「ピアノ四重奏曲『来年もよろしく!』 OP.64」
「フルートとピアノのためのソナタ OP.65」
「チェロとピアノのためのバルカローレ OP.69」
「舞、フルート、ティンパニ、ピアノのための『鷺娘』 OP.70」
「オーボエとピアノのためのソナタ OP.71」
「ヴァイオリン、フルートとピアノのためのロマンス OP.73」
「フルートとピアノのための序奏とスケルツォ OP.75」
「クラリネットとピアノのための『こきりこ』変奏曲 OP.76」
「ピアノ三重奏曲No.1 OP.78」
「フルート、チェロとピアノのためのソナタ OP.81」
「岡山後楽園での、平野啓子さんの朗読とピアノのデュオのための、メルヘン『ラブ・ユー・フォーエバー』 OP.87」
「コントラバスとピアノのための『同行二人』OP.120」 等



ピアノソロ曲

「24のエチュード集 OP.4」
「2つのワルツ OP.8」
「2つのノクターン OP.9」
「バラードNo.1 OP.10」
「ピアノソナタNo.1 OP.11」
「ピアノソナタNo.2 OP.17」
「34のプレリュード第1集 OP.18」
「2つのマズルカ OP.23」
「7のプレリュード第2集 OP.31」
「ラプソディー OP.37(失われた時のために)」
「3つの即興曲 OP.38」
「幻想曲No.3 OP.40」
「トッカータ OP.44」
「ソナチネ OP.54」
「10のフラグメント(ピアノ小品の代表作品集) OP.63」 等



ピアノ組曲(2台用含む)

「白い波・・・愛犬シロの思い出・・・(全11曲) OP.20」
「シューベルトの音楽ノートから(全6曲) OP.21」
「碧南にて(全3曲) OP.24」
「みちのくのスケッチ(全6曲) OP.26」
「武蔵野(全4曲) OP.28」
「冬の中で(全6曲) OP.29」
「青い国から(全3曲) OP.32」
「2台のピアノのための組曲(全5曲) OP.33」
「秋のサンサシオン(全4曲) OP.34」
「ドビュッシーに捧げる6つの小品 OP.39」
「8つのお菓子 OP.45」
「南予の想い出(全7曲) OP.48」
「金利生活者の群〔ある有料老人ホームの一日〕(全4曲) OP.49」
「道化の華(全3曲) OP.50」
「映像(全5曲) OP.52」
「病床にて(全3曲) OP.55」
「記憶の底の栗林公園(全18曲) OP.111」 等


パロディー、単独アレンジ、メドレー、ミックスアレンジ、パラフレーズ

ピアノ小品集「25のジャズ、ポピュラー、映画音楽、ネオクラシック、アレンジ集 OP.15」
パロディーピアノ組曲「指の戯れ OP.25」
ピアノソロ「熊井善之君に捧げる3つのパラフレーズ OP.53」
ピアノソロ「『口笛吹きと小犬』のテーマによるパラフレーズ OP.59」
ピアノ四重奏曲「サン=サーンスの『白鳥』 OP.66」 ピアノソロ「ショパン ノクターンOP.48-1 浜田省吾『片想い』入りミックスアレンジ OP.82」
ピアノソロ「岡山後楽園出演のための全世代メドレー(ミスティー〔ジャズ〕 〜 I Love You 〔尾崎豊〕 〜 浜辺の歌〔唱歌〕) OP.83」
ピアノ組曲「大人のためのブルグミュラー練習曲(全5曲) OP.89」
ピアノソロ「ショパン 英雄ポロネーズ 『サザエさん』のテーマ入り OP.90」
ピアノソロ「全世代メドレー・2007(J.S.バッハ「平均律vol.1-1」 〜 ハナミズキ〔一青窈〕 〜 ミスティー〔ジャズ〕 〜 I Love You 〔尾崎豊〕 〜 浜辺の歌〔唱歌〕 〜 ショパン「幻想即興曲」 〜 涙そうそう〔夏川りみ〕 〜 リンゴ追分〔美空ひばり〕 〜 ショパン「別れの曲」 〜 千の風になって〔新井満〕 〜 一合まいた〔高松の民謡〕) OP.116」
ピアノソロ「クリスマスパラフレーズメドレー・2007(J.S.バッハ−グノー「アヴェ・マリア」 〜 「赤鼻のトナカイ」 〜 「サンタが街にやってくる」 〜 「きよしこの夜」 〜 パッヘルベル「カノン」 〜 山下達郎「クリスマス・イヴ」 〜 「もろびとこぞりて」 〜 浜田省吾「Midnight Flight−ひとりぼっちのクリスマス・イヴ」 〜 ミックスアレンジ〔ルロイ・アンダーソン「そりすべり」+ 槇原敬之「雪に願いを」+ 「ジングルベル」〕 〜 坂本隆一「戦場のメリークリスマス」 〜 槇原敬之「雪に願いを」 〜 「きよしこの夜」) OP.117」 等



※ 1967年から2007年までの私の作曲、アレンジ作品一覧は、下記をご参照下さい。







主なエッセイ :
『失われた時のために』   『梅の香りは、変ト長調』
『メルヘン「ラブ・ユー・フォーエバー」』(朗読文面付き)
『ショパンの「雨だれの前奏曲」を弾き始めて』
『高松高校の甲子園出場と、さぬき弁、さぬきうどんのこと』
『マシェーズから、座光寺君に宛てて』
『ネルケンの思い出』   『孤独とノスタルジーの果てまで』
『若き日のドビュッシー』   『北ドイツの寂しい午後』
『世界の子供達のためのチャリティ受難曲』
『君と好きな人が百年続きますように』   『千の風になって』
『ぼくの大好きなショパンのこと』   『白骨のお文』
『20世紀末より愛をこめて』   『瀬戸内海のこと』
『栄養マヨネーズの思い出』   『ピアノ奏法について』
『ディヌ・リパッティーのこと』   『ホロヴィッツの思い出』
『グレン・グールドのピアノを聴いて』
『晴れ渡る日も 雨の日も 浮かぶあの笑顔』
『アーティストとして』   『プッツンに関する若干の考察』
『演奏会のプロデュースについて』   『アマチュアとして』
『感覚的な経験について』   『知識と感性、響きと語法』
『海の色も、山の姿も、昨日に続く今日でした。』
『室内楽の演奏について』   『響き合いを求めて』
『芸術家と音楽愛好家について』   『1986.10.10.P.M.』
『母の告別式を終えて』   『母の納骨と分骨をすませて』
『出身地・備讃瀬戸内海地域での演奏再開』
『香川県・さぬきの国に思うこと』
『ドビュッシーの弦楽四重奏曲』
『童謡の中の深い悲しみ』   『東京 VS 大阪』









Copyright (c) 2001-2009 Katsuhiko OkadaAll rights reserved



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