inserted by FC2 system


    予約宿名人   welcom   予約宿名人


    ピアノ組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」
    (全18曲) 曲目解説と、試聴コーナー




    ご来客数;




    CDと楽譜の欲しい方は、
    発売元の音楽事務所「アミュフィ」(下記連絡先)、
    「社団法人 香川県物産協会」(下記連絡先)、
    に問い合わせ、ご購入下さい。
    一斉発売開始は、2010年5月24日です。

    音楽事務所「アミュフィ」
    URL;http://amufee.otacky.jp/about.html
    メールアドレス:amufee@anet.ne.jp



    「社団法人 香川県物産協会」本部
    〒760-0073
    高松市栗林町1丁目20番16号 栗林公園・商工奨励館内
    (琴平電鉄琴平線栗林公園下車徒歩10分)
    TEL(087)833-7412/FAX(087)862-0940
    メールアドレス:honbu@kagawaproducts.or.jp







    ※ 各小品の内容と試聴は下記のとおりです。

    1番.プロローグ・・・・・栗林公園は小さい頃から何回も遊びに来ました。ぼくの記憶の底に沈んでいて、ノスタルジーと不可分になっているような気がします。
    試聴


    2番.講武射の芝生・・・・・講武射の丘の芝生に寝転がって、いつも青空を流れる雲を見ていました。
    試聴


    3番.三島一連の池の仙磯(せんぎ)・・・・・三島一連の池を見ながら、よく瞑想にふけったものです。
    試聴


    4番.花しょうぶ園・・・・・しょうぶの綺麗な時期に見たしょうぶにかかった水滴をカノンにしまた。
    試聴


    5番.日暮亭・・・・・ぼくの好きなお茶室です。こけむした岩を見ていると本当にゆったり出来、懐かしい気分に浸れます。
    試聴


    6番.鳳尾塢(ほうびう)・・・・・松平さんが島津公から贈られたそてつを植えた庭。独特の風情があります。
    試聴


    7番.小普陀(しょうふだ)・・・・・栗林公園の発祥地。ここから長い長い歴史が始まったのです。たんたんと歩き続けることがどんなに大切かを教えてくれると思います。
    試聴


    8番.会千厳(かいせんがん)・・・・・今はなくなった、赤壁(せきへき)のそばの名所に想いを馳せました。
    試聴


    9番.麩(ふ)にかぶりつく鯉・・・・・池の鯉は、投げた麩を取り合い、あっという間になくなってしまいます。カプッ、カプッと麩にかぶりつく様を音型にしてみました。
    試聴


    10番.吹上の朝・・・・・えんげつきょうのそばの川の流れる吹上の飛び石の上で冷たい水で手を洗った朝。さわやかな風が、山から吹いてきます。
    試聴


    11番.楓岸のギャロップ・・・・・楓岸の石畳の遊歩道はいつも小走りでした。ちょっと物悲しいロ短調が似合うと思います。
    試聴


    12番.雨の掬月亭・・・・・お茶室の掬月亭には霧雨が似合います。池の上に無数の雨滴が見える様はとても幻想的です。
    試聴


    13番.飛来峰から・・・・・長い長い石段を上がってゆくと南庭の見渡せる飛来峰に出て、栗林公園の雄大な眺めが目の前に広がります。
    試聴


    14番.梅林橋の梅・・・・・2006年の3月、年老いた母と一緒に栗林公園に来ました。母は江戸千家不白流の茶道が趣味だったので、掬月亭(きくげつてい)に行きたかったので手を引いてゆっくり歩きました。でも、骨粗しょう症を患っていたので、腰が痛く、通称・赤橋(あかばし)・梅林橋(ばいりんきょう)までしか歩けず、一服して帰りました。
    「お母さん梅が満開だよ。」
    「綺麗なのう。もうすぐ春が来るんやのう。来年の春こそはお母さん丈夫になって掬月亭(きくげつてい)まで行くけん、克彦、すまんけどのう、また連れて来てえたのう。」
    「わかったわかった。ぼくにまかせまい。はよ元気になりまいよ。」

    母が亡くなる半年前、大好きだった栗林公園に最後に来た時のことでした。梅の香りが漂ってきて、春の訪れを予感しました。
    試聴


    15番.桜の馬場のトッカータ・・・・・桜の馬場は、走った記憶しかありません。お花見の時に従兄弟とかけっこしたことが多いんだけど、松の木にぶら下がっていたぼくを「こらぁー。」と叱って追いかけて来た管理人のおじさんから走って逃げた時もありました。
    試聴


    16番.晩鐘・・・・・夕方、どこからともなく聞こえてきた、もう家に帰りなさい、という鐘の音
    試聴


    17番.家路・・・・・いつも栗林公園で遊び疲れて自宅まで歩いて帰った家路。腹減ったなぁ、今日の晩御飯何だろう、なんて考えながら歩きました。この家路は、もしかしたら、未来までずっとつながっているのかな、と、夢みたいなことを思いながら・・・・・。
    昔から、栗林公園から家に帰ると、夕げの支度をして、母が待ってくれていました。でも、もう、帰宅しても、その母はいなくなってしまったのです。
    試聴


    18番.エピローグ・・・・・高松で生まれて50年間親しんできた栗林公園の思い出をぼくの記憶の底から音楽でご紹介しました。でも、時の流れは誰も止められません。この曲は、これから先、栗林公園に親しむかもしれない香川県の若い皆様に捧げたいと思って作曲しました。もう21世紀になりました。
    この先もずっと続く素晴らしい栗林公園をテーマにした音楽作品が、例えば10年後とか50年後に、香川県在住の若い人たちの作曲で生まれることを願っています。
    試聴






    下記写真のとおり、母の一周忌が終わった、2007年10月14日に、香川県立公園「栗林公園」庭園コンサートにて初演



    2007.10.14.栗林公園庭園コンサートポスター


    2007.10.14.栗林公園庭園コンサート    2007.10.14.栗林公園庭園コンサート


    2007.10.14.栗林公園庭園コンサート  2007.10.14.栗林公園庭園コンサート


    2007.10.14.栗林公園庭園コンサート  2007.10.14.栗林公園庭園コンサート


    2007.10.14.栗林公園庭園コンサート  2007.10.14.栗林公園庭園コンサート


    2007.10.14.栗林公園庭園コンサート  2007.10.14.栗林公園庭園コンサート







    2007年4月中旬、香川県立公園の栗林公園庭園コンサートの出演依頼を、関係スタッフの方からいただき、高松ワシントンホテルのティーラウンジ で面会し、一緒にアイスコーヒーをいただいていた時でした。

    「栗林公園庭園コンサート」出演依頼の話を聞いて栗林公園を思い出した時、真っ先に私の脳裏によみがえった光景は、2006年の3月、 年老いた母と一緒に栗林公園へ行った時のことでした。

    場所は、梅林橋のたもとにある茶店。行きたかったお茶室の掬月亭(きくげつてい)にたどり着く前に腰が痛くなって、そこの軒下のイスに 腰かけて熱いお茶をすすっていた母と話していた時、梅林橋の裏の満開だった梅の香りが漂ってきた瞬間の思い出でした。

    江戸千家不白流の茶道が趣味だった母が、久しぶりに大好きだった栗林公園のお茶室の掬月亭に行きたいということでつれてきていま したが、もう、腰が痛くなって歩けなかったのでその茶店で一服して帰りました。





    歩けないことを悔しがっていた母を励まそうと、裏の梅林の梅が満開だったので、私はそちらへ目を向けさせました。

    「お母さん梅が満開だよ。」

    「うわぁー、ものっそ綺麗なのう。もうすぐ春が来るんやのう。やっぱり栗林公園はええのう。お母さんのう、来年の春こそは丈夫になって 掬月亭まで行くけん、克彦すまんけどのう、また栗林公園に連れて来てえたのう。」

    「わかったわかった。ぼくにまかせまい。はよ元気になりまいよ。」

    母が亡くなる半年前でした。

    あの時、ああ言っていたのに、母は二度と栗林公園に行けないまま、他界いたしました。





    でも、あの時は、梅の香りが漂ってきて、春の訪れを予感したよなぁ、なんて思い出してしまいました。

    そして、あの時、漂ってきた梅の香りが、音楽のモティーフに変換されて、変ト長調の響きで、私の頭の中で鳴りました。





    私の作曲の開始は、いつも、このような形で、思い出が、音楽のモティーフで浮かぶのです。

    極めて世俗的な身の回りの出来事であっても、時間というフィルターを通すと、それが、音楽作品のベースのモティーフに変換されて昇華してしまうのです。

    どうしてだかわからないんだけど、この不思議な出来事が自然に起こるのです。

    そしてモティーフの原型を生かせる楽器編成にして作曲するのです。





    この時は、ピアノソロの響きで、旋律は陽旋法で終結は、平行調の変ホ短調で寂しく終わりました。このイメージが全てを決定しました。

    この作品が、全組曲中14番目の『梅林橋の梅』でした。





    この『梅林橋の梅』を中心にした組曲全体の開始のプロローグは、近隣調の変ロ短調を提示して、終結のエピローグは、その同主調の変ロ長調にして、フラット系の 調性で品格のある物にしないといけないという基調構想が、アイスコーヒーを飲みながら頭の中で決まったので、関係スタッフの 方に私は答えました。

    「自作自演で行きます。栗林公園をモティーフにした新しいピアノ組曲を書きます。作品番号は、OP.111になります。」





    栗林公園を音楽で表現してやろう、なんて、大それた野心なんか全くありませんでした。

    私の作曲動機は、過去から今まで、ずっと、もっと日常的な感覚に訴えてくるモティーフが浮かぶからなのです。

    東京にいた頃の会社からの帰り道、先輩と桂浜で寝そべって太平洋を眺めていた時、合奏していたクラリネット奏者が 手料理を作ってくれた時等々・・・・・、ふとした時の自分のハートに触れた感覚が、しばらくの時間を置いて、音に 変わるのです。

    音型の原型は最初からあることもあります。しかし、それが、モティーフになる時には、和声も対位も決まっているのです。 そして、そこまで決まっていないものは、モティーフではないのですから。





    亡くなった母の思い出という一大事だっただけに、この時は、モティーフだけじゃなく、組曲の曲想全体のプランまで瞬時に 浮かびました。





    こうして、4月23日の夜、数時間で一気に書き上げたのが、新作ピアノ組曲『記憶の底の栗林公園 OP.111』(全18曲)でした。

    母は、栗林公園が大好きだったので、18曲の小品からなる、今回の新作ピアノ組曲は、母と一緒に栗林公園に訪れた時の思い 出が、美しい庭園の風情と一緒になって、音楽のモティーフとして私に降りかかってきたので、わずか数時間で出来ました。

    そして、5月のゴールデンウィークに、母の川崎市日吉にある、岡田家先祖代々の墓への納骨と、生前から希望していた 京都西本願寺への分骨もすませ、母の一周忌法要も終わった2007年10月14日に、栗林公園の緑の中で、 ピアノ組曲『記憶の底の栗林公園 OP.111』(全18曲)を初演しました。私の演奏するピアノの横には、 持参した母の骨壷を置いて、天国の母にも聴かせました。

    これが、作曲家の私にしか出来ない、愛する母親の供養でした。

    下記が、この新作ピアノ組曲を初演した、2007年10月14日の、香川県庁主催の「栗林公園庭園コンサート」の内容です。

    2007年10月14日「栗林公園庭園コンサート」









    Copyright (c) 2001-2016 Katsuhiko OkadaAll rights reserved



































































































    inserted by FC2 system