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ピアノ組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」
曲目解説




ご来客数;


岡田克彦作曲;ピアノ組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」(全18曲)
(2007年4月23日作曲、2007年10月14日初演)



それぞれの小品のうちの12曲の演奏動画は、
下記をクリックすれば、連続してご覧いただけます。




岡田克彦作曲;ピアノ組曲「記憶の底の栗林公園」(全18曲)OP.111より、12曲
2番.講武射(こうぶしゃ)の芝生
3番.三島一連の池の仙磯(せんぎ)
4番.花しょうぶ園
5番.日暮亭(ひぐらしてい)
6番.鳳尾塢(ほうびう)
7番.小普陀(しょうふだ)
10番.吹上の朝
11番.楓岸(かえでぎし)のギャロップ
12番.雨の掬月亭(きくげつてい)
14番.梅林橋(ばいりんきょう)の梅
16番.晩鐘
17番.家路
〔2006年9月19日に逝去した、栗林公園の大好きだった母・岡田直子の追悼と、
2007年10月14日の「栗林公園庭園コンサート」への香川県庁からの出演委嘱を受けて、
2007年4月23日作曲、2007年10月14日「栗林公園庭園コンサート」にて初演
〔2001年1月31日倉敷市御園旅館「岡田克彦の世界」サロンコンサート、及び、
2000年4月9日岡山市デビッドホール・復活リサイタルライブ収録〕


プログラム







各作品のご案内は下記のとおりです。











01.プロローグ

 → モティーフの原型



02.講武射(こうぶしゃ)の芝生


岡田克彦作曲・組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」より、
2番『講武射(こうぶしゃ)の芝生』、自作自演ライブ収録動画
(2001.1.31.倉敷市御園旅館自作自演ライブ収録)


 → 全曲添付のエッセイ

自作自演ライブ収録動画(2001.1.31.倉敷御園旅館)



03.三島一連の池の仙磯(せんぎ)


岡田克彦作曲・組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」より、
3番『三島一連の池の仙磯(せんぎ)』、自作自演ライブ収録動画
(2001.1.31.倉敷市御園旅館自作自演ライブ収録)


 → 全曲添付のエッセイ

自作自演ライブ収録動画(2001.1.31.倉敷御園旅館)



04.花しょうぶ園


岡田克彦作曲・組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」より、
4番『花しょうぶ園』、自作自演ライブ収録動画
(2001.1.31.倉敷市御園旅館自作自演ライブ収録)


 → モティーフの原型

自作自演ライブ収録動画(2001.1.31.倉敷御園旅館)



05.日暮亭(ひぐらしてい)


岡田克彦作曲・組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」より、
5番『日暮亭』、自作自演ライブ収録動画
(2001.1.31.倉敷市御園旅館自作自演ライブ収録)


 → 全曲添付のエッセイ

自作自演ライブ収録動画(2001.1.31.倉敷御園旅館)



06.鳳尾塢(ほうびう)


岡田克彦作曲・組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」より、
6番『鳳尾塢(ほうびう)』、自作自演ライブ収録動画
(2001.1.31.倉敷市御園旅館自作自演ライブ収録)


 → 全曲添付のエッセイ

自作自演ライブ収録動画(2001.1.31.倉敷御園旅館)



07.小普陀(しょうふだ)


岡田克彦作曲・組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」より、
7番『小普陀(しょうふだ)』、自作自演ライブ収録動画
(2001.1.31.倉敷市御園旅館自作自演ライブ収録)


 → 全曲添付のエッセイ

自作自演ライブ収録動画(2001.1.31.倉敷御園旅館)



08.会千厳(かいせんがん)

 → モティーフの原型



09.麩(ふ)にかぶりつく鯉

 → モティーフの原型



10.吹上(ふきあげ)の朝


岡田克彦作曲・組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」より、
10番『吹上の朝』、自作自演ライブ収録動画
(2000.4.9.岡山市デビッドホール自作自演ライブ収録)


 →  全曲添付のエッセイ

自作自演ライブ収録動画(2000.4.9.岡山市デビッドホール)



11.楓岸(かえでぎし)のギャロップ


岡田克彦作曲・組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」より、
11番『楓岸(かえでぎし)のギャロップ』、自作自演ライブ収録動画
(2001.1.31.倉敷市御園旅館自作自演ライブ収録)


 → 全曲添付のエッセイ

自作自演ライブ収録動画(2001.1.31.倉敷御園旅館)



12.雨の掬月亭(きくげつてい)


岡田克彦作曲・組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」より、
12番『雨の掬月亭(きくげつてい)』、自作自演ライブ収録動画
(2001.1.31.倉敷市御園旅館自作自演ライブ収録)


 → 全曲添付のエッセイ

自作自演ライブ収録動画(2001.1.31.倉敷御園旅館)



13.飛来峰(ひらいほう)から

 → モティーフの原型



14.梅林橋(ばいりんきょう)の梅


岡田克彦作曲・組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」より、
14番『梅林橋の梅』、自作自演ライブ収録動画
(2001.1.31.倉敷市御園旅館自作自演ライブ収録)


 → 全曲添付のエッセイ

自作自演ライブ収録動画(2001.1.31.倉敷御園旅館)



15.桜の馬場のトッカータ

 → 第1モティーフの原型

→ 第2モティーフの原型



16.晩鐘


岡田克彦作曲・組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」より、
16番『晩鐘』、自作自演ライブ収録動画
(2000.4.9.岡山市デビッドホール自作自演ライブ収録)


 → 全曲添付のエッセイ

自作自演ライブ収録動画(2000.4.9.岡山市デビッドホール)



17.家路


岡田克彦作曲・組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」より、
17番『家路』、自作自演ライブ収録動画
(2001.1.31.倉敷市御園旅館自作自演ライブ収録)


 → 全曲添付のエッセイ

自作自演ライブ収録動画(2001.1.31.倉敷御園旅館)



18.エピローグ

 → モティーフの原型




※ 各小品の内容は下記のとおりです。

1番.プロローグ・・・・・栗林公園は小さい頃から何回も遊びに来ました。ぼくの記憶の底に沈んでいて、ノスタルジーと不可分になっているような気がします。

2番.講武射の芝生・・・・・講武射の丘の芝生に寝転がって、いつも青空を流れる雲を見ていました。

3番.三島一連の池の仙磯(せんぎ)・・・・・三島一連の池を見ながら、よく瞑想にふけったものです。

4番.花しょうぶ園・・・・・しょうぶの綺麗な時期に見たしょうぶにかかった水滴をカノンにしまた。

5番.日暮亭・・・・・ぼくの好きなお茶室です。こけむした岩を見ていると本当にゆったり出来、懐かしい気分に浸れます。

6番.鳳尾塢(ほうびう)・・・・・松平さんが島津公から贈られたそてつを植えた庭。独特の風情があります。

7番.小普陀(しょうふだ)・・・・・栗林公園の発祥地。ここから長い長い歴史が始まったのです。たんたんと歩き続けることがどんなに大切かを教えてくれると思います。

8番.会千厳(かいせんがん)・・・・・今はなくなった、赤壁(せきへき)のそばの名所に想いを馳せました。

9番.麩(ふ)にかぶりつく鯉・・・・・池の鯉は、投げた麩を取り合い、あっという間になくなってしまいます。カプッ、カプッと麩にかぶりつく様を音型にしてみました。

10番.吹上の朝・・・・・えんげつきょうのそばの川の流れる吹上の飛び石の上で冷たい水で手を洗った朝。さわやかな風が、山から吹いてきます。

11番.楓岸のギャロップ・・・・・楓岸の石畳の遊歩道はいつも小走りでした。ちょっと物悲しいロ短調が似合うと思います。

12番.雨の掬月亭・・・・・お茶室の掬月亭には霧雨が似合います。池の上に無数の雨滴が見える様はとても幻想的です。

13番.飛来峰から・・・・・長い長い石段を上がってゆくと南庭の見渡せる飛来峰に出て、栗林公園の雄大な眺めが目の前に広がります。

14番.梅林橋の梅・・・・・2006年の3月、年老いた母と一緒に栗林公園に来ました。母は江戸千家不白流の茶道が趣味だったので、掬月亭(きくげつてい)に行きたかったので手を引いてゆっくり歩きました。でも、骨粗しょう症を患っていたので、腰が痛く、通称・赤橋(あかばし)・梅林橋(ばいりんきょう)までしか歩けず、一服して帰りました。
「お母さん梅が満開だよ。」
「綺麗なのう。もうすぐ春が来るんやのう。来年の春こそはお母さん丈夫になって掬月亭(きくげつてい)まで行くけん、克彦、すまんけどのう、また連れて来てえたのう。」
「わかったわかった。ぼくにまかせまい。はよ元気になりまいよ。」

母が亡くなる半年前、大好きだった栗林公園に最後に来た時のことでした。梅の香りが漂ってきて、春の訪れを予感しました。

15番.桜の馬場のトッカータ・・・・・桜の馬場は、走った記憶しかありません。お花見の時に従兄弟とかけっこしたことが多いんだけど、松の木にぶら下がっていたぼくを「こらぁー。」と叱って追いかけて来た管理人のおじさんから走って逃げた時もありました。

16番.晩鐘・・・・・夕方、どこからともなく聞こえてきた、もう家に帰りなさい、という鐘の音

17番.家路・・・・・いつも栗林公園で遊び疲れて自宅まで歩いて帰った家路。腹減ったなぁ、今日の晩御飯何だろう、なんて考えながら歩きました。この家路は、もしかしたら、未来までずっとつながっているのかな、と、夢みたいなことを思いながら・・・・・。
昔から、栗林公園から家に帰ると、夕げの支度をして、母が待ってくれていました。でも、もう、帰宅しても、その母はいなくなってしまったのです。

18番.エピローグ・・・・・高松で生まれて50年間親しんできた栗林公園の思い出をぼくの記憶の底から音楽でご紹介しました。でも、時の流れは誰も止められません。この曲は、これから先、栗林公園に親しむかもしれない香川県の若い皆様に捧げたいと思って作曲しました。もう21世紀になりました。この先もずっと続く素晴らしい栗林公園をテーマにした音楽作品が、例えば10年後とか50年後に、香川県在住の若い人たちの作曲で生まれることを願っています。



下記写真のとおり、母の一周忌が終わった、2007年10月14日に、香川県立公園「栗林公園」庭園コンサートにて初演



2007.10.14.栗林公園庭園コンサートポスター


2007.10.14.栗林公園庭園コンサート    2007.10.14.栗林公園庭園コンサート


2007.10.14.栗林公園庭園コンサート  2007.10.14.栗林公園庭園コンサート


2007.10.14.栗林公園庭園コンサート  2007.10.14.栗林公園庭園コンサート


2007.10.14.栗林公園庭園コンサート  2007.10.14.栗林公園庭園コンサート


2007.10.14.栗林公園庭園コンサート  2007.10.14.栗林公園庭園コンサート







2007年4月中旬、香川県立公園の栗林公園庭園コンサートの出演依頼を、関係スタッフの方からいただき、高松ワシントンホテルのティーラウンジ で面会し、一緒にアイスコーヒーをいただいていた時でした。

「栗林公園庭園コンサート」出演依頼の話を聞いて栗林公園を思い出した時、真っ先に私の脳裏によみがえった光景は、2006年の3月、 年老いた母と一緒に栗林公園へ行った時のことでした。

場所は、梅林橋のたもとにある茶店。行きたかったお茶室の掬月亭(きくげつてい)にたどり着く前に腰が痛くなって、そこの軒下のイスに 腰かけて熱いお茶をすすっていた母と話していた時、梅林橋の裏の満開だった梅の香りが漂ってきた瞬間の思い出でした。

江戸千家不白流の茶道が趣味だった母が、久しぶりに大好きだった栗林公園のお茶室の掬月亭に行きたいということでつれてきていま したが、もう、腰が痛くなって歩けなかったのでその茶店で一服して帰りました。





歩けないことを悔しがっていた母を励まそうと、裏の梅林の梅が満開だったので、私はそちらへ目を向けさせました。

「お母さん梅が満開だよ。」

「うわぁー、ものっそ綺麗なのう。もうすぐ春が来るんやのう。やっぱり栗林公園はええのう。お母さんのう、来年の春こそは丈夫になって 掬月亭まで行くけん、克彦すまんけどのう、また栗林公園に連れて来てえたのう。」

「わかったわかった。ぼくにまかせまい。はよ元気になりまいよ。」

母が亡くなる半年前でした。

あの時、ああ言っていたのに、母は二度と栗林公園に行けないまま、他界いたしました。





でも、あの時は、梅の香りが漂ってきて、春の訪れを予感したよなぁ、なんて思い出してしまいました。

そして、あの時、漂ってきた梅の香りが、音楽のモティーフに変換されて、変ト長調の響きで、私の頭の中で鳴りました。





私の作曲の開始は、いつも、このような形で、思い出が、音楽のモティーフで浮かぶのです。

極めて世俗的な身の回りの出来事であっても、時間というフィルターを通すと、それが、音楽作品のベースのモティーフに変換されて昇華してしまうのです。

どうしてだかわからないんだけど、この不思議な出来事が自然に起こるのです。

そしてモティーフの原型を生かせる楽器編成にして作曲するのです。





この時は、ピアノソロの響きで、旋律は陽旋法で終結は、平行調の変ホ短調で寂しく終わりました。このイメージが全てを決定しました。

この作品が、全組曲中14番目の『梅林橋の梅』でした。





この『梅林橋の梅』を中心にした組曲全体の開始のプロローグは、近隣調の変ロ短調を提示して、終結のエピローグは、その同主調の変ロ長調にして、フラット系の 調性で品格のある物にしないといけないという基調構想が、アイスコーヒーを飲みながら頭の中で決まったので、関係スタッフの 方に私は答えました。

「自作自演で行きます。栗林公園をモティーフにした新しいピアノ組曲を書きます。作品番号は、OP.111になります。」





栗林公園を音楽で表現してやろう、なんて、大それた野心なんか全くありませんでした。

私の作曲動機は、過去から今まで、ずっと、もっと日常的な感覚に訴えてくるモティーフが浮かぶからなのです。

東京にいた頃の会社からの帰り道、先輩と桂浜で寝そべって太平洋を眺めていた時、合奏していたクラリネット奏者が 手料理を作ってくれた時等々・・・・・、ふとした時の自分のハートに触れた感覚が、しばらくの時間を置いて、音に 変わるのです。

音型の原型は最初からあることもあります。しかし、それが、モティーフになる時には、和声も対位も決まっているのです。 そして、そこまで決まっていないものは、モティーフではないのですから。





亡くなった母の思い出という一大事だっただけに、この時は、モティーフだけじゃなく、組曲の曲想全体のプランまで瞬時に 浮かびました。





こうして、4月23日の夜、数時間で一気に書き上げたのが、新作ピアノ組曲『記憶の底の栗林公園 OP.111』(全18曲)でした。

母は、栗林公園が大好きだったので、18曲の小品からなる、今回の新作ピアノ組曲は、母と一緒に栗林公園に訪れた時の思い 出が、美しい庭園の風情と一緒になって、音楽のモティーフとして私に降りかかってきたので、わずか数時間で出来ました。

そして、5月のゴールデンウィークに、母の川崎市日吉にある、岡田家先祖代々の墓への納骨と、生前から希望していた 京都西本願寺への分骨もすませ、母の一周忌法要も終わった2007年10月14日に、栗林公園の緑の中で、 ピアノ組曲『記憶の底の栗林公園 OP.111』(全18曲)を初演しました。

下記が、この新作ピアノ組曲を初演した、2007年10月14日の、香川県庁主催の「栗林公園庭園コンサート」の内容です。

2007年10月14日「栗林公園庭園コンサート」





主なエッセイ :
『失われた時のために』   『梅の香りは、変ト長調』
『メルヘン「ラブ・ユー・フォーエバー」』(朗読文面付き)
『ショパンの「雨だれの前奏曲」を弾き始めて』
『高松高校の甲子園出場と、さぬき弁、さぬきうどんのこと』
『マシェーズから、座光寺君に宛てて』
『ネルケンの思い出』   『孤独とノスタルジーの果てまで』
『若き日のドビュッシー』   『北ドイツの寂しい午後』
『世界の子供達のためのチャリティ受難曲』
『君と好きな人が百年続きますように』   『千の風になって』
『ぼくの大好きなショパンのこと』   『白骨のお文』
『20世紀末より愛をこめて』   『瀬戸内海のこと』
『栄養マヨネーズの思い出』   『ピアノ奏法について』
『ディヌ・リパッティーのこと』   『ホロヴィッツの思い出』
『グレン・グールドのピアノを聴いて』
『晴れ渡る日も 雨の日も 浮かぶあの笑顔』
『アーティストとして』   『プッツンに関する若干の考察』
『演奏会のプロデュースについて』   『アマチュアとして』
『感覚的な経験について』   『知識と感性、響きと語法』
『海の色も、山の姿も、昨日に続く今日でした。』
『室内楽の演奏について』   『響き合いを求めて』
『芸術家と音楽愛好家について』   『1986.10.10.P.M.』
『母の告別式を終えて』   『母の納骨と分骨をすませて』
『出身地・備讃瀬戸内海地域での演奏再開』
『香川県・さぬきの国に思うこと』
『ドビュッシーの弦楽四重奏曲』
『童謡の中の深い悲しみ』   『東京 VS 大阪』











Copyright (c) 2001-2009 Katsuhiko OkadaAll rights reserved



































































































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